01




私の名前は名字名前。普通の一般人だ。両親も普通のいい人で、裕福では無いけれど不自由は無い生活をしてきた。





「おい名前入るぞ」

『はい』





そんな私が何故、こんな怖い人達を相手にしているのかというと、私の仕事が彫り師だからだ。今も私の元へとある組の構成員が来ていた。私は横浜にある、とある組の専属彫り師だ。






「今日はこれ肩に入れてくれよ!」

『分かりました』






最近、この組に入って来たというこの人は時々こうして墨を入れてもらいに私の元へと訪れる。ヤクザにしては気さくでいい人だ。






『それじゃあ、そこの席に座ってください』






背を向けて座る彼の後ろに椅子を移動させ、鑿を持って後ろに座る。すると扉が開かれ、綺麗な白髪はくはつを靡かせる碧棺さんが現れた。





『あ、こんにちは』

「おう」

「兄貴!どうしたんですか?…まさか俺がかっこよくなる様を見に来て…!?」

「違ぇわアホ」







煙草を吹かす碧棺さんに少し眉を寄せ、慌てて笑顔を作りながら機嫌を悪くしないように柔らかく口を開く。






『すみません碧棺さん。ここ禁煙で…』

「…あ?」







低く凄む様な声に内心めちゃくちゃビビりながらも、私は煙草が嫌いだし、この部屋は真っ白な壁紙だ。ヤニで汚したくない。その一心で言葉を続ける。






『すみません。お願いします』

「…テメェ兄貴に舐めた口聞いてんじゃねぇぞ!」






私に彫ってくれと頼んでいた男の人が青筋を浮かべ、立ち上がり私を見下ろして睨んだ。あまりの怖さに慌てて謝ろうと口を動かすと、碧棺さんが彼の頭をバシンッと叩き、携帯用灰皿で煙草を消した。






「うるせぇよ」

「でも兄貴ッ!」

「悪かった」

『い、いえ、私は…、』






表情を崩さず謝ってくれた碧棺さんは見た目は美人さんで怖いが、いい人らしい。







「彫る所見ててもいいか?」

『え、あ、…はい。私は良いですけど…』

「俺も勿論いいっすよ!」






碧棺さんの椅子を用意し、渡すと彼は受け取って少し離れた場所で彫る所を見ていた。見られるのは慣れていないから少し緊張したけど、彫り始めたらすぐにそんなのは消えた。刺青は失敗する訳にはいかないし。相手はヤクザだし。






『………よし、…終わりましたよ』

「まじか!ありがとな!」

『写真撮ってお見せしましょうか?』

「気が利くな!頼む!」





彼の肩をカメラに収め、見せると喜んでくれたようだった。





『2、3日は腫れたり痛むので気をつけてください』

「おう!見てください!兄貴!」

「いいから服着ろよ」





どうやら碧棺さんは部下から信頼が厚いようだ。私が見ている事に気付いたのか、碧棺さんは少しだけ首を傾げた。元々お顔が綺麗で美人な碧棺さんのその仕草に少し心臓が音を立てた。





『碧棺さんは何か入れますか?』

「……いや、俺はいい」

『そうですか』







彼のアロハから見える肌には刺青は見受けられず、珍しいな。なんて思いながら相槌を打ち、道具を片付ける。






「俺!他の奴らにも見せてきます!」

「勝手に行け」






そう言って部屋には私と碧棺さんだけになってしまった。妙な気まずさに片付ける手が早くなる。






「…オマエ」

『はいっ、』

「……何ビビってんだ」

『きゅ、急に声かけられたので…、』






碧棺さんを見ると、少し分が悪そうに眉を寄せて視線を逸らした碧棺さんに首を傾げる。彼は綺麗な白髪をガシガシと荒く掻くと小さく息を吐き出した。





「…オマエ、この仕事辞めようと思わねぇのか?」

『辞める?…彫り師をですか?』

「この組でだよ」

『…………』






確かにヤクザの中で働くのは怖い。でも今のところ酷い事はされないし、思ったよりも良い人が多い。給料だって高いし。まぁ、反社なのは、あれだけど…。






『特に辞めようと思った事は無いですね』

「……そうかよ」

『給料も良いですし』

「…あっそ」






私の答えに満足したのか碧棺さんは少しだけ笑って椅子から立ち上がった。随分と背が高い。自動販売機より大きそうだ。






『最初はほぼ無理矢理連れて来られたのですぐに逃げ出そうと思ってましたけど』

「………」

『でも私は彫り師って仕事が好きだし、やっぱり刺青を欲するのはヤクザの方達が多いので』

「…憎んでねぇのかよ。無理矢理連れて来られたのに」

『無理矢理って言っても暴力は無かったですし、私の家族も無事ですし…。こうして安定したお金が貰えるので。特に恨みは無いです』






前に働いていたお店には迷惑をかけたけど、店員もみんな無事らしいし、未だにたまに連絡をくれる。





『この組の皆さんは優しいので嫌いでは無いです』

「……能天気だな、テメェは」

『暗くなってても仕方ないですから!』






握り拳を作ってそう言うと、碧棺さんは小さく笑ったのか息を吐いて私の頭を数回軽く叩くように撫でて部屋を出て行った。






『………変わった人だな』






けど、その手は酷く優しかった気がした。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -