01
『今日は来てくれてありがと〜!!一生懸命歌うからみんなも付いてきてね〜!!』
私がそう言うと沢山の声が返ってきた。それが嬉しくて勝手に頬が緩む。
「名前ちゃ〜ん!!」
その声に応えるように手を振ってそのまま片手を上にあげて後ろの演奏メンバーに合図を送る。するとベースの重たい音が横浜の狭い会場に響いた。
私はアイドルじゃない。売れてない歌手だ。会場の規模はいつも狭いし、1000人なんて人は集められない。良くて300人。
でも私には十分すぎる。歌えることが楽しいし、売れなくても数百人の人たちを笑顔にできてる。それだけで十分。
『さ〜!どんどん行くよ〜!!』
……の、はずだったんだけど、
「……………」
『ど、どんどん…、』
「…………………」
『どん、……どんどん…、』
怖い!!怖いよ!!会場の1番後ろ!!扉の前にカタギの人とは思えない人がいる!!黒スーツにサングラスかけてる人が居る!!周りのファン達も怖がってチラチラ見てるよ!!
「名前ちゃん頑張れ〜!!」
『あ、ありがとう〜…!』
ファンの人達は私が緊張したと思って元気付けてくれるけど…、ごめんね!違うの!怖いの!あの人が!
『次はみんなも沢山振ってね〜!!』
そう言うと1曲目とは違って軽快な音が響き始める。すると色とりどりのペンライトが左右に振られる。その美しさに目を細める。
「………」
振ってる!!あの怖い人もペンライト振ってる!!ノリノリでは無いけど、確かに小さくペンライトを振っている!!
『次はみんなも大好きなあのバラード曲!聞いてください!』
私が静かに歌い始めると、怖い真っ黒なスーツの男の人は慣れた手つきでペンライトの色を変える。その事に驚きながらも集中する為に瞳を瞑る。
そして曲も盛り上がり感情が昂りこめかみに汗がたらりと流れる。ゆっくりと瞼を開くと怖い人が目に入って私を目を見開いた。
男の人はサングラスを外してポロリと涙を流していた。けれど私が驚いたのは涙を流していることでは無かった。いや、涙を流していた事にも驚いたが、それを超える驚きがあったのだ。だって、その男は横浜で知らない人は居ないであろう………
ーーー碧棺左馬刻…!?
大声を出さなかった私は偉いと思った。
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