09








「嫌だあぁあぁぁああ!!俺は結婚するんだ!!!」

『……』

「うわああぁぁああぁぁぁ!!」




私の後ろに立って、私の首にナイフを当てているこの男の人は一体、誰なんだろうか…。


「俺は絶対にアゲハちゃんと結婚するんだぁ!!!」

『……』




うん。ならさ、そのアゲハちゃんさんを人質に取ったらいいと思うの。
当のアゲハちゃんさんは目の前でギラッギラのスマホを呑気にいじってるんだけど?というかスマホいじってるなら助け呼んで?




「初めてアゲハちゃんとセッ×スしてから俺は彼女しか見えない!!他の女なんて豚だ!!豚以下だ!!!」

『……』


公共の場で何言ってんの?この人
ここ一応道路だからね?大広場だからね?分かってる?小さい子も居るんだよ?みんな写真撮ってるけどさ、私の顔は消しといてね?




「アゲハちゃん!!!!愛してる!!!!!」

「あっ、もしもし〜?私ィ〜!今日お店来れそう?……えぇ〜、来れないの〜?アゲハ寂しいぃ〜」

『……』




………助けは?





私だって最初は急に首に刃物を当てられてるんだから恐怖は感じていた。
けれど段々と雲行きは怪しくなっていった。


男は急に泣き出して「アゲハちゃん呼べ!!」って言い出して、周りで見ていた他の人がアゲハちゃんさんを呼んできたまでは良かった。

アゲハちゃんさんは鬱陶しそうな顔を隠すこと無く、私を睨んだ。(私は悪くないのに)
来てくれたは良いけど、すぐにスマホをいじり出してまるで私は関係無い、という態度だった。


「だっ、誰だよ!!誰と電話してんだよ!!俺というものがありながら!!!」

『…』


さっきからこの男は耳元でうるさいし、唾は飛ぶしで最悪の気分だ。
もう誰でもいいから助けて欲しい。


「名前さん!!!!」

『…っ!二郎っ!!!!』




私の数メートル先に息を荒らげた二郎が現れて私の気分は一気に上がった。これでやっと開放されるとそう思った。




「おい!名前さんを離せ!!」

「誰だよお前!!アゲハちゃんのなんなんだよ!!」

「アゲハ?…どこにもアゲハ蝶なんていねぇだろ」

「確かにアゲハちゃんは妖艶で可愛くて綺麗で!そう…、その姿はまるで蝶のようだ…、なのに夜は…、激しいんだ…」

「ヨーエン?誰だよそれ。外人か?」


奇跡的な会話がくり広げられて私は白目を向きそうになった。というか多分白目むいてたと思う。



『じ、二郎…、』

「つーかなんで名前さんに触ってんだよ!誰の許可取って触ってんだ!?あ゛!?」

『まさかの許可制だった?』

「お、お前こそっ!急に出てきてなんなんだよ!!こいつの知り合いか!?」



そう言って男はナイフを私に近づけた。



「おい!包丁なんて当てたら危ねぇだろ!!包丁は料理する時に使うもんだ!知らねぇのか!?おっさん!」

「お、おおおおおっさん!?俺はまだ31だ!まだお兄さんだろうが!!」

「俺からしたらおっさんだっつの!!」

「お前いくつだよ!」

「17だ!!」

「くっ…!」

『……』



くっ…!じゃねぇんだよ。くっ…!じゃ。

なんでカッコつけて悔しがってんの。




「でも!俺の方が×ックス上手い!!!」

「はっ…、はぁあぁあぁぁっ!?」

「は、ははっ!顔赤くなりやがって!このっ、童貞がっ!!!」

「くっ…!」






いや、二郎。くっ…!じゃないんだよ。
顔がいいから妙に絵になってるのが腹立つよ。



「お、俺だってっ、すぐ、すぐに卒業してやる!!」

「はぁ!?高校生のガキが調子に乗るなよ!?俺だってこの間卒業したんだからな!!」



アゲハちゃんさんで卒業したんかい!!!



よくそれで上手いって言えたね!?



『じ、二郎…、』

「そっ、そんな事はどうでもいいんだよ!名前さんを離せ!!」




私の声を聞いて、私がいた事を思い出したのか二郎はアタフタとしながら声荒らげた。





「お前らどういう関係なんだよ!!」

「恋人に決まってんだろ!!」

「……は?」



男は驚いたように声を上げてちらりと私を見た。





「…こいつ男だろ?」





その瞬間、私と二郎の時間がヘブンズタイムした。




『……女、なんですけど』


確かに今日はオーバーサイズのメンズTシャツにジーンズでキャップ被ってるけど…!!


「…はぁ!?嘘つくな!!お前胸無いじゃねぇか!!」

「はあぁあぁあああああああぁああああああああああ!?」

『なんで二郎が怒ってるの…』

「お前!名前さんのむ、むむっ、胸!触ったんじゃねぇだろうな!!??」

「誰がこんなまな板触るか!!女っていうのはアゲハちゃんみたいにおっぱいがある人の事を言うんだよ!!!」



世界の7割の女子を敵に回したな…?(私調べ)



「たっ、確かにっ、名前さんは、お、大きい、とは言えねぇけどっ」

『二郎さん?』

「でも!俺が大きくするから良いんだよ!!」



揉んで大きくなるっていうのは嘘だよ?(私調べ)



「こんな小さい胸なんて触ったって何も嬉しくないだろ!」

「はぁ!?俺は嬉しいし幸せになんだよ!!」

「こんな胸触るなら走ってる車で手のひら出した方がいいっつーの!」

「胸がいいんじゃねぇんだよ!!名前さんの胸だから意味があんだよ!!」



私に人権って無いのかな…?あれ?視界が、何故か霞んで…、あれ?涙かな?



「お前本当に名前さんの胸に触ってねぇだろうな!?」

「触らねぇよ!!こんなしょぼい胸!!」

「触ってたらまじで許さねぇからな!?俺だってまだ触った事無ぇのに!!」


二郎は何に怒ってるの?お願いだから助けて?



『あ、あの…、』

「てかあれぇ?Buster Bros!!!の山田二郎くんじゃない?アゲハ、ファンなの〜!」



アゲハちゃんさんは二郎に気づいたのか二郎に近づいて胸を押し付けるように体を寄せた。




「ア、アゲハちゃん!?なんでそんなガキ!!」

「この後ひま?アゲハこの後暇なんだけど〜、一緒に遊ばない?」

「〜〜っ!!!おまえ!!!アゲハちゃんを惑わしやがって!!!」

「はぁ?いや、暇じゃねぇし。俺はこの後デートすんだよ。名前さんと!」

「だれそれ〜?…あ、あのおばさん?」

『おば…、』

「名前さんはおばさんじゃねぇ!!」

「え〜?おばさんでしょ?アゲハの方が若いしぃ〜?」

『くっ…!』



確かに…!納得してしまった!!




「くっつくな!!」

「ふざけんな!!お前離れろ!!俺のアゲハちゃんだぞ!!」

「ねぇ〜、遊ぼうよ〜!」

「くそっ!こうなったら…、」

『…は?』




男は何を思ったのか私の腕に絡みついた



「おっ、俺だってこの女とくっついてやる!」

『それ誰が得するの?』

「名前さんから離れろ!!ふざけんな!!まじで離れろ!!」

『あ〜、二郎か〜』



二郎はこちらに乗り込んでくるのでは無いかというくらいに体を前のめりになっている。
けれど男の手にはまだナイフがあって、来たくても来られないのだろう。




「おい!もっと恋人っぽくしろ!!」

『いや、…え?』

「名前さんは俺の恋人だ!!」

『すみませ〜ん!誰か〜!お巡りさん呼んで〜!』



私がそう言うと男は涙をボロボロと流した




「どっ、どうせっ!みんな俺の事気持ち悪いと思ってるんだろ!?もうやだ!!死んでやる!!」

『え、えぇ〜?』



男は持っていたナイフを自分の首に当てながら片手で私の腕を掴みながら泣き叫び始めた。



「誰も俺の事なんて愛してくれないんだ!!誰も俺の事なんて好きになってくれないんだ!!誰も俺とセック×してくれないんだ!!うわぁあぁあああああん!!!」


私はどうしたものかと二郎を見る



「ね〜ぇ〜、遊ぼうよ〜!」

「本当にっ、離せっ!名前さんっ、名前さん!」


二郎は涙目になっていて、私に向かって両手を伸ばしていた。



…もう、私も泣いていいかな?





とにかく私はこの男に手を離して貰わないとどうにも出来ない。
諦めて私はしゃがみこんだ。



『そんな事ないですよ』

「気休めの言葉をなんていらない!!だれもっ、誰も俺の事なんて!!」

『きっと貴方を好きになってくれる人だって居ますよ』

「嘘だ!そんな人いない!!」

『居ますよ。大丈夫です。』

「居ないんだよ!!俺が1番分かってる!!」

『……』

「………もっと言えよぉおぉお!!!」




めんどくさい!!!!!




『…大丈夫ですよー、貴方の事好きな人だって居ますよー、大丈夫ですよー、だって素敵な人ですからー、大丈夫ですよー、』



棒読みになりながらそう言葉を紡ぐと、男はピタリと泣き止んで、私を見上げた





「……見つけた」

『は?』

「君が俺の運命の人なんだ!!」

『人違いです!!!』


私が手を離してもらおうと腕を勢い良く振ると、男は少しよろけるように手を離した。



『二郎!!』

「名前さん!」



慌てて二郎を呼ぶと、二郎は迷子の子供が親を見つけた時のようにダッシュで私に抱きついた


「おれっ、もう、女の人怖い…、」

『はいはい、ごめんね、』

「名前さん、」





二郎は私の肩口にグリグリと額を擦り付けると、ぎゅっと腕に力を込めた




すると後ろから叫ぶ声が聞こえた




「おっ、俺の運命の人に触るな!!」

『……』

「名前さん、…名前さん、」





二郎は私たちに言われていると思っていないのか、気にした様子もなく私に抱きついたままだった




「俺が彼女を女の人にしてあげるんだ!!胸を!大きく!!」

『……』



私は二郎の背中をポンポンと叩き、手を繋いでから少し離れて後ろを振り返る






『…わたし、女の人をおっぱいで判断する男、だいっっっっきらい!!なんですよね』

「っ、」




男は傷ついた、とでもいうような顔をしていたけど私はわざと蔑むような顔をして、顔を背ける



『二郎、帰ろう』

「……」

『…二郎?』



二郎は顔を青くして私を見ていた




「いっ、いや!俺!胸で名前さんのこと好きなわけじゃないから!胸なんて気にしないから!本当に!!名前さんが好きなわけで!別に胸が好きなわけじゃ!」

『………』




私はするりと手のひらを解いて、数歩後ろに下がった




『………』



そしてジリジリと視線は外さないまま二郎から離れると、二郎は涙を浮かべて両手を伸ばした




「え、え?名前さん?…え?」

『……』




私は距離をとりながら二郎に声をかける




『二郎…』

「な、なに?」

『これから1週間、私に触るの禁止』

「…………え?」



放心状態の二郎を放置して私は歩き出した。



『…一郎に説教してもらおう』



そう心に決めて私は山田家を目指した。







余談だけど、本当に落ち込んだような顔をして涙を浮かべながら私を伺うようにちょこんと指先に触れてきた二郎が可愛くて手を繋ぐことは許してあげた。







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