08




『お邪魔しまーす!』

「兄ちゃん!ただいま!」




今日も始まった。僕の地獄の時間。




『あれ、三郎もいるじゃん!』

「...当たり前だろ。僕の家でもあるんだから」

『いや、そうなんだけどさ』

「一兄、僕部屋に行ってますね」

『えぇー!なんでよ!!ゲームしようよ!』




そう言って彼女は僕の服の袖を引っ張る
彼女は僕より背が低くて自然と見上げてくる。


心臓が勝手に嫌な音を立てる




「離せよ。僕は低脳とはゲームしたくない」




そこまで言って僕は、ハッとした


慌てて彼女に目を向けると、


『頭脳ゲームじゃなくて戦闘系にしよっ!』

「っ、」



何も無かったかのようにヘラヘラ振る舞う彼女にイライラした



まるで、僕の“言葉”なんて気にしていないような。





「二郎の馬鹿とでもやってればいいだろ」

『二郎ー!馬鹿だってさ〜』

「あ゛!?んだと!?」



そして一兄に頭を叩かれるのが最近の流れだ




「いっ!」

「い、たいです...、一兄...」

「喧嘩すんな」



彼女に目を向けると他人事のように笑っていた




その顔を見たくなくて目をそらす



嫌に心臓が鳴っている気がしたけどそれは気の所為だ



「くっそ!」

「ふざけんなっ!」



ゲームをしていると一兄が部屋へと顔を出した


「名前〜」

『なに?』

「晩飯食ってくか?」

『えっ!いいの!?』

「おう」

『ありがとう〜!手伝うよ!』

「悪ぃな」



そう言って2人はリビングへと戻って行った



「「...」」




二郎との間に静寂が流れる




「...なんか喋れや」

「なんで僕がお前のために話さないといけないんだよ」

「このっ、」



下にいる一兄に聞こえないように静かに喧嘩が始まった



数十分すると下から一兄の声が聞こえた



「飯できたぞー!」

「すぐ行くよ!」

「すぐ行きます!」



二郎よりも早く行こうと立ち上がると二郎も立ち上がりぶつかり合いながら階段を降りる



「おっし!じゃあ!いただきます!」

「「いただきます!」」

『いただきまーす』



いつもの様に食べているとある違和感を感じた


「...」

「ん?どーかしたか?三郎」

「い、いや!なんか味が少し違うような...」

『それ私が作ったからね』

「え!?そーなの!?どれ!?どれが名前さん作ったやつ!?三郎食うんじゃねぇ!」

「はぁ?なんでそんなこと決めつけられないといけないんだよ!」




僕は何となく二郎に横取りされるのが嫌で、ヤケになりそのお皿を引き寄せ箸で掴み、口に放り込んだ




『美味しい?』



少し不安気に僕を覗き込んで聞いてくる彼女から目を逸らし、答えた




「.....食べれなくはない」

『そっか、よかった』



そう言って彼女は安心したように息を吐いて微笑むと自分のご飯へと手をつけた




この笑顔が嫌いだった

年上ぶって、なんでも分かっているかのような顔が。僕がどんな言葉をぶつけてもヘラヘラしているのが嫌いだ。




『はい、これ作ったやつ』

「っ!ありがとう!名前さん!」

『うん』






二郎にだけ向けるその瞳が嫌いだ






「お、風呂出たのか」

「はいっ!」

「...三郎」

「...?なんですか?一兄っ」


部屋に行こうと背を向けると一兄に呼び止められ振り返った



すると一兄は僕の頭に手を置いた


「...え」

「お前は強いな」

「は、」

「大丈夫だ。お前にも絶対に現れるからな」

「...い、一兄...?」



一兄は何度か手を動かすと風呂場へと向かった





リビングへと向かうと携帯を一緒にのぞき込むふたりがいた


『...あ、おかえり』

「出んの遅せぇよ。兄ちゃんが待ってたろうが」

「.....うるさい」

「あ゛!?」



冷蔵庫に向かいそこから水を取り出し一気に飲み干す

すると隣に人影が見えた



「...なんだよ」

『機嫌悪いね』

「...べつに」

『ふーん...』



彼女を無視して部屋へと戻ってベットへと寝転んだ




腕を額に当て目を閉じた






笑い合う2人がいた



僕と彼女だった



すぐに夢だと気づいた


彼女は微笑んでいて、僕も彼女を見下ろし少し笑っていた。



けれどすぐに彼女の隣に二郎が現れ、彼女は二郎について行ってしまった



胸がキリキリと痛む

目頭が熱い

吐きそうだ


熱いものが頬を伝った瞬間、暖かい香りに包まれた。


僕はこの香りを知っている。



この香りは、



「...?」

『三郎?大丈夫?』

「...は?なんでここに...」

『様子がおかしかったから見に来たらうなされてるから』

「...あっそ」



僕の肩にある手を払い、上体を起こした



『大丈夫?』

「別になんでもない」

『ならいいけど...』

「早く二郎の所行ったら?」

『今お風呂だよ』

「あっそ」



いつまで経っても部屋を出ていかない彼女にイライラしていると何かを取り出し僕に差し出した



「...なに」

『作ったんだけど食べる?』

「...いらない」

『甘いの嫌い?』



甘い物は嫌いじゃない。



甘い物は、嫌いじゃない、



「嫌い...、嫌いだからどっか行ってくれない?」



本心だ。

本心のはずだ

僕はこいつが嫌いだ。




なのに、


なのに、なんで目頭が熱くなる

なんで喉が熱くなるんだ




なんで、こんなにも涙が出そうになる



『...そっか、じゃあ気が向いたら食べてね』



彼女は笑うと皿を近くに置いて部屋から出ていった




「.....」



分かってる。

本当は全部分かってる。



けれど、二郎の方が幸せに出来る。


僕にはあんな風に彼女を心から笑わせることなんて出来ない



僕がこの本心を二郎に伝えたら、二郎はなんて言うんだろうか



昔から変に兄ぶるあいつの事だから僕に譲ってくれるだろうか




「...なわけない、だろ」





昔から欲しいものがあると二郎は僕に譲った


けれど、きっと彼女は、彼女だけは譲ってくれはしないのだろう




「...」


皿に目を向けゆっくりと手を伸ばして口に含んだ






甘いはずのお菓子はなぜかしょっぱい味がした




頬には温かい何かが伝っていた

鼻をすする




「...やっぱり大嫌いだ」




さようなら、僕の初恋







「.....好きだったよ、」






静かな部屋に小さすぎる声が響いた








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