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今日は全てが上手くいってる

8ヶ月追っていた麻薬の密売人をしょっぴき、手柄も立てた

更には最近連続している幼児誘拐事件の犯人の目星もついた

確か、在り来りな名前だった気がする

ついでに言うと朝、名前が見ていた番組の占いで1位だった


そして今日は定時で上がれる

17時になり、荷物をまとめて帰る支度をする

今日は名前の好きなハンバーグでも買って行こうかと思いを馳せる


「入間さん!」

「なんですか?」

「呼ばれてます」


部下の目線を辿っていくと、そこには俺の上司がドアから顔を覗かせていた


「分かりました。ありがとうございます」


今日の密売人を上げたことについてだと気づき、前なら喜んで入っていた扉を今日に限っては早くしてくれと思いながら扉をくぐる



「なんでしょうか」

「すまないね。もう上がりの時間だったのに」

「いえ」



分かっているなら早くしろと心の中で中指を立てながらも笑顔を作る



「えーとね、今日呼んだのは...、」

「はい」




早くしろと心の中で舌を出しながらヒプノシスマイクを握る



「そうそう、君に預かってもらってる子供の件なんだけどね」

「は?.....はい」

「その子のね、里親になりたいという人が現れたんだ」

「...........は?」




その瞬間俺は自分の耳を疑った



「その人はね、子供がいないらしくてね?お偉いさんの息子さんなんだけど、子供に恵まれずにね...。一人暮らしなんだけどやっぱりお金はあるからね。不自由はないと思うんだ。」




クソ上司の言葉が入ってこない


耳の中に水が入ったような感覚に陥る



「入間銃くんも嫌々引き取ってくれてたみたいだから...ね?」

「.......」



そうだ。



俺は嫌々、あいつを引き取ったんだ


それを引き取ってくれるって言うんだ

何を躊躇う必要がある

俺はただの警察官だ

あいつはただの被害者






.....ただそれだけの関係だ






「今度、顔合わせをしようと思ってね。急なんだけど明日連れてきてもらってもいいかな」

「はい。分かりました。」



大丈夫だ。俺は笑えてる。






『あっ!おかえりなさい!』

「.....戻りました」

『.....?いるまさん?元気ない?』

「そんなことは無いですよ」




家に帰り、玄関を開けるとトタトタと小さな歩幅で笑顔で走ってやってくる



その瞬間、何故か罪悪感のようなものに襲われた



「あっ、」

『どうしたの?』

「...ご飯を、買ってくるのを忘れました」

『大丈夫だよっ!名前食べなくてもっ!』

「.....カップ麺でもいいですか?」

『うんっ!カップ麺好きっ!』

「...すいません」


俺としたことが、帰りに寄らないといけないのは分かっていたのに、



『名前はねっ、これがいいっ!』

「.....」

『あっ、いるまさんどれがいい?名前なんでもいいよ!』



名前は自分が食べたいのが俺も食べたいと思ったのか好きじゃない豚骨を持った



「...私はこれにします」

『名前これでも、いい?』



食べたがっていた味を控えめに持ち上げ、不安そうに俺を見上げた


「好きなのを食べなさい」

『うんっ!』




頭に手を置きそう言うと名前は嬉しそうに顔をほころばせた




『いただきますっ!』

「.....名前」

『なぁに?』




名前に声をかけると、食べようと麺を巻き付けていたフォークを置き、俺を見る




「明日、私と一緒に警察署に行きませんか?」

『...え?』



疑問符にする必要なんてなかった

行くのは決定事項なのだから





けれど、もし、もしも、名前が行くのを拒んでくれれば...




『うんっ!いくっ!』

「.......、」





名前は俺の言ったことを否定しない

俺が明日、この男の養子になれと言ったら
きっと名前は頷く



「...名前、」

『...?』




本当なら、今言うべきなんだ

明日、お前の里親になる男と会ってもらう、と



言え、今ここで




「...食べないと冷めてしまいますね」

『うん!』







「やぁ、入間くん」

「...おはようございます」

「隈が凄いようだけど...、大丈夫かね?」

「...ご心配なく」

「ならいいけれど...。久しぶりだね」

『...、』





名前は俺の足の後ろへと体を隠してしまう



「ははっ、随分と懐いている様だね」

「...」

「まぁ、いいさ。この部屋で彼がお待ちかねだ」



扉の前に立ち、立ち止まる



「.....、」




下にいる名前に目線を送る





名前は俺のスーツのズボンを掴み、キョロキョロと周りを見ている




「...ふぅ、」



1つ息を吐き、ノックをする





「失礼します」

「どうぞ」




中から声がして扉を開く





「初めまして。入間さん、ですよね?」

「...はい」

「この子が...」



俺より少し年下であろう青年はニコリと笑い名前を見た




名前の前にしゃがみこみ、声をかける


「初めまして」

『は、じめまし、て』

「うーん、やっぱり怖いかな?」

『.....、』




名前は俺のズボンに顔を擦りつけるような動作をする



「随分と懐いているんですね」

「はぁ...、まぁ、数日暮らしていたので」

「...へぇ」




男は一瞬冷めた目をすると、次の瞬間にはまたニコリと人当たりのいい笑顔を浮かべた




「お名前はなんて言うの?」

『...名前、』

「名前ちゃんか。いい名前だね」

『...』

「聞いていると思うけど、これから名前ちゃんは僕と暮らしてもらうんだ」

「っ、」

『...え?』





名前は不思議そうに俺を見上げた




「今日から、僕が名前ちゃんの家族」

『...』

「よろしくね」





そう言って青年が手のひらを名前へとのばした




『...がう、』

「なにかな?」

『ちが、うよっ、名前の家族はっ、いるまさんっ、だもんっ!』

「.....」

「...名前」



名前はボロボロと涙を流し、俺のズボンを引っ張った


『なんで!?やだっ、名前もっとちゃんといい子に出来るよっ!我慢だってする!』

「...名前」

『やだっ、やだよっ、なんでっ、』

「.....名前」

『なんでっ、』

「...名前」

『な゙んでみんなっ、名前から離れてっぢゃうの!?』

「っ、」





名前に手を伸ばそうとした瞬間、別の手が名前に触れた



「大丈夫だよ。僕だけは離れないからね」

「っ...、」



優しく名前に触れた男から目を離し、床を見つめる




『やだぁっ!!!』



名前が頭を振り、手を振り払う



『いるまさんっ、名前のことっ、嫌いになっぢゃったの?』

「ちが、」

「.....名前ちゃん!入間さんが困ってるよ」

『っ!』

「いい子なんだよね?」

『.....いるまさん、困ってるの...?』

「そうだよ?」

『.....』



名前は俺のズボンを力の抜けたように離すと、ゆっくりと青年の方へと近づいて行った



「...名前、」

『...ごめんな、さい、』



名前はボロボロと涙と鼻水を流しながらそう呟く



名前は青年と一緒に部屋を出て行った





俺はいつまで経っても1歩も動けなかった










「おーい、銃兎〜」

「.....」

「あ?いんじゃねぇか。返事しろよ」

「...左馬刻か」

「なに死にそうな面してんだ?」

「...」

「つーか、名前はどーしたんだ?」

「.....里親に、引き取られた」

「.........」



そう言うと左馬刻は特に反応もせず、俺の座っているソファに腰を下ろした




「...まぁ、それが幸せだろうな」

「.....」

「ガキにとって親っつーのは必要なんだよ」

「...わかってる。そもそも、俺がアイツを引き取ったのは仕事だからだ」

「...そーだったな」

「...仕事だ」






俺の答えに左馬刻は何も答えなかった





「...里親はどんな奴なんだよ」

「笑顔が気持ち悪ぃ奴だ」

「はぁ?」

「けど金はある」

「...銃兎」

「あいつは政治界の重鎮のボンボンだ。不自由無く生活出来んだろ」

「...おい」

「うまい飯も、いい服だって着させてもらえんだろ」

「.....」

「.....これが、正解なんだよ」

「.....そーかよ」



左馬刻はタバコを取り出し火をつける

いつもならここで吸うなとキレてるところだ


なのに、何故かその気力が出ない




「里親の名前は?」

「...たしか、田中...とかだった気が、」

「.......下の名前は」

「あ?.......ユウジ、だったか」



俺が答えると左馬刻はポトリと咥えていたタバコを落とした



「っおい!」

「バカかてめぇは!!!!」

「...は?」



キレてるのはこっちのはずなのに、左馬刻は更にでかい声を出し俺を責めた




「くっそ!...言っとくべきだった...!」

「何の話だ?」



左馬刻は落としたタバコを拾い、灰皿に押し付ける




「そいつは!最近女のガキを誘拐してる変態野郎だ!!」

「.....は、」

「俺の組で調べあげたんだよ!!」

「.....」



その時俺は思い出した


最近目星のついた幼児誘拐事件の犯人の名前は...


「...っ!!」




俺は立ち上がり、玄関を飛び出し走り出す




「てめぇは先に行って野郎を見つけろ!!俺は準備して後から行く!!」


そう言って左馬刻は俺とは反対の方向に走り出した



「はぁっ、名前っ、」



名前を引き取るときに預かったあの野郎の住所を思い出し、そこを目指して走る




「はっ、はっ、ここかっ、」




家に辿り着き、馬鹿でかい家の扉の前で深呼吸し、静かにチャイムを鳴らす



「...おや?入間さん?」

「.....このような時間に申し訳ありません」

「いえ、なにか御用でも?」

「少し、名前に会わせていただけますか?」

「.....名前ちゃんはもう眠ってしまっているんです」

「.....では、少しお話をよろしいですか?」

「...ここではダメですか?」


相手は政治界の重鎮の息子だ

下手なことをするとこちらが消される



けれど、




男を睨み口を開いた瞬間、後ろから声が聞こえた


「ダメに決まってんだろ」

「...左馬刻」

「どちら様ですか?」

「うるせぇな。いいからその馬鹿みてぇにでけぇ家に入れろっつってんだよ」

「.....常識を知らないようですね」

「...私は警察です。」

「知っています」

「警察として、お話があるんです」

「.......どうぞ」




門を潜り、部屋へと案内される





「それで、どのようなお話でしょうか?」




コトリと、香りのいい紅茶が高そうなカップに入れられ出される




「わかってんだろ?変態野郎」

「なんのことでしょう」

「てめぇがガキ誘拐してんのは分かってんだよ」

「.....どこに証拠があるんですか?警察に証拠でもあるんですか?」

「ほらよ」




左馬刻はポケットから写真を数枚取り出し机に投げた



「...これのどこが証拠なんですか?」

「あ゙ぁ?」

「ねぇ?入間さん。これのどこが証拠なんですか?」



左馬刻が出した写真は、最近誘拐された幼児とこの男が一緒にいる所を隠し撮りしたであろう写真だ




「この写真のどこが証拠なんですかね?」

「証拠になんだろ?なぁ、銃兎」

「...これだけでは、証拠にはならねぇ」

「なんでだよ!」

「...一緒に居ただけじゃ、いくらでも言い訳はできる」

「言い訳とは酷いですね。僕は彼女に道を教えていただけですよ?」

「...」



そう言って男は人当たりのいい笑顔を浮かべた



「それにこんなもの僕にはなんの効力も持たない」



男は立ち上がり、両手を広げ語り出す



「僕の父は何をしているのか知っていますか?君たちとは比べ物にならない程の大きな仕事をしているんだ。こんな写真どうにだってなる」

「...その父親の権力を使って、誘拐を続けたということですか?」

「さぁ?どうだろうね?.....ははっ、本当に警察は無能だよねぇ?権力の前では何も出来ない!貴方の上司の男だって僕の正体に気づき始めているのに何もしなかった!」

「貴方の正体、とは?」

「...最近、少し調子に乗りすぎてしまってね...遊びすぎてしまったよ...。ふふっけど関係ないんだよ。僕には...。だって証拠なんて無いんだから!あったって、揉み消してみせる」

「...権力を使い、幼児を誘拐したと認めるんですか?」

「つまりはただの変態野郎っつーことだろ!」

「変態だなんて心外だなぁ?君たちだって好みの女性というものがあるだろう?」

「それが子供だと...?」

「...彼女たちはイイ...。肌触りも、声も...全てが...。なによりも、あの、無垢な瞳が恐怖に染まりっ、痛みに藻掻く姿なんてっ...あァっ!最高だよっ!!」

「...トチ狂ってんじゃねぇか」

「.....」

「おい、銃兎?」



左馬刻に声をかけられるが、そんなのは無視だ



「...それで今までの全ての幼児誘拐の犯人は貴方だと?」

「そうだよ?僕の色に染めてあげたんだァ...
まぁ、君のおさがりも貰っちゃったけど」

「っ!てめぇ!」



暴れ出しそうな左馬刻の腕を掴み止める


「...つまり、幼児を誘拐し、更には性的暴行をしたと...?」

「愛ある行為だ!そんな犯罪みたいに言わないで欲しいな!」

「...なるほど、ありがとうございます」

「銃兎...?」

「はぁ?」

「...自白して頂けるなんて思ってませんでした。ご協力頂き、ありがとうございます」

「.....はぁ?」




ニコリと笑い、男を見る






「貴方の自白は全て、たった今、報告させていただきました」

「...まさか!」



携帯を掲げ、通話中になっている画面を男に見せる



「ふざけるなっ!!!」

「もうすぐ、逮捕状を持った警察がこちらに来られると思いますよ?良かったですね」

「父にっ!父に報告してやるっ!!」

「ご自由にどうぞ?それよりも先に、いや、まず貴方の自供がある時点でもう、結果は見えていますがね」

「くそっ!!」



男は俺の胸ぐらを掴みかかる




すると部屋の端で扉の開く音がした





『.....いるま、さん?』

「...名前」




名前は胸ぐらを捕まれている俺を見て慌ててこっちに駆け寄ってくる



「ばかっ、来るなっ!」

「...っ、お前のせいで!!!」


それに気づいた男は名前に向かって拳を掲げる



「っ、くそっ、」



瞬時に男の腕を掴み、ひねり揚げ地面に叩きつける




「ぐっ、」

「...警察官を舐めないで頂きたいですね」

「離せっ、」




暴れる男に手錠をかけ、左馬刻に任せる




名前は瞳に涙を溜め俺を見上げる




けれど、近寄ってこようとはしなかった




「...はぁ、」

『っ、』



ため息をつくとビクリと体を揺らす




「...名前、」




しゃがみこみ、両腕を少し広げる



『っ、』



名前は溜まっていた涙を流しながら俺の腕の中へと収まる




『うあ゙ぁぁぁっ!!』

「...悪かったな、」

『ゔぅっ、』




涙や鼻水やヨダレがスーツに付いているけれど気にせずに名前の髪を撫でる




少しすると警察が到着した



左馬刻は警察が到着する少し前に逃げさせた



俺は泣き疲れて眠っている名前を抱き上げ現場を後にする




家に辿り着くと、玄関の前に左馬刻が立っていた



「...お前、作戦があったなら先に言っとけや」

「作戦なんてねぇよ」

「...あ?」

「咄嗟に取った行動だ」

「...そーかよ」



そう言って左馬刻は眠っている名前の髪を撫で、俺に背を向け歩き出した





扉を開け、部屋に入り名前をベットに寝かせる



「...ふっ、」



名前をベットへと下ろしたが、名前の手はシャツを掴んで離さなかった



「...もういいか」



いつもなら絶対にしないが、今日はシャツとスーツのズボンのままベットへと潜る





「...きっと、手放せねぇのは、俺の方だな」






今日はきっと、よく眠れるだろう







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