私の29日間

緊張と嬉しさを抱えながら早朝の道を歩いてとある場所を目指す。

息を深く吸い込んで、ゆっくりと吐き出して目の前の扉に手をかけてゆっくりと扉を開くと大好きな彼の姿があった。


初めてあった時よりも少し低い背丈、少しだけ長い髪、細い体の線。振り返った彼と視線があった瞬間に早く動いていた心臓が更に脈をうった。



『……お、はよう』

「……おはよう」




優しい声と瞳に彼に気付かれ無いようにフーっと息を吐き出した。けれど体育館は思ったよりも冷えていて白い息が出て恥ずかしくてマフラーに顔を埋めた。




「俺たちはすれ違ってなんておらへんよ。端と端を結んだ輪になって一つに繋がっとる。2人でひとつの命なんや」



ーー時が逆さまに流れる私達


すれ違うだけだと思っていたのに、彼の言葉に救われた。



私にとっては今日が1日目

でも、彼にとっては最後の日



たった30日間しか居れない私達はすれ違ってなんていないんだね。



ーーちゃんと繋がってるんだ






*****



彼の家族の味に触れた時、優しい味がした。


『……凄くおいしい!』

「うちのカレーにはコーヒー入れとるんよ〜!」

『そうなんですか?今度やってみます!』



少しでも、彼の喜ぶ顔が見たい。





*****



「…別に、手帳通りやなくてもええんとちゃうの?最低条件だけ、守ればええんとちゃう?……35歳ん時にお互いを助ける、とか」

『……なんで、そんな事言うの?』

「………しんどいねん、手帳通りにすんのも、……すれ違うてまうことも、」

『………』

「……今ここで何をしようと、覚えとらんのやろ?……もう、ええやん、もう、しんどい…、」



彼を傷つけてしまった。でも、違うの、私達はすれ違ってなんて、無いの…、


『………すれ違ってなんて、無いよ、……無い、はずなの…、』


彼が去ってしまった後ろ姿を見送って小さく呟いた声は誰にも届かなかった。




「………俺は、明日の名前に酷いことを言ってまう…、……でももう乗り越えたから!名前のことが大好きやから、」

「……やから、明日会えるかな、…昨日の君に」



電話から聞こえてきた言葉に勝手に瞳からは涙が溢れた。私が聞いた話にも、書き残した手帳にも、書いてなかった。


ーー彼に、会いたい、ずっと一緒に居たい、






******




「まぁ、名前が切ったんやから当たり前やろ」

『………』

「……今、呼び捨てにした?」

『…しましたね〜。でも、良いんじゃないかな?』

「……名前?」

『…侑』




彼の名前が大好きだった

彼の名前を呼ぶのが大好きだった

彼のことが、大好き


明日からは、侑くん呼びになって、宮くんって、呼ぶようになって、………名前を呼べなくなって



ーー少しずつ他人になっていく



離れていってしまっても、私はちゃんと覚えてる。

今まで彼と過ごしたきた時を、ちゃんと覚えてる





*****




「初めて会うた日にも言うたんやけど、俺な、苗字さんのこと好きです。…俺と付き合うてください」



恋人から始まって、他人になる


他の人が聞いたらきっと、意味がわからない



それでも私には大切な、大切な想い出



大好きな人との、大切な時間



『……あと、私結構、泣き虫みたい』




貴方と出会うまで、自分でも知らなかったよ




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