苛烈な果実
『……忘れてた』
「…………」
駅からの道のりを倍以上かけて辿り着いたふたりは疲れ、それぞれが持ってきた荷物を片付けるのを諦めてそうそう昼食を食べてダラダラ過ごすと夕方になり絶望した。
『…流石に布団までは持って来れなかった』
「……………」
ふたりで住むことになった部屋は元々は一人暮らし用の為、ふたりでは少し手狭だったが十分の広さはあった。けれどベッドは勿論ひとつ。しかもそのベッドはシーツ、布団、毛布まで完備されている待遇の良さだった。だか、やはりベッドはひとつ。
『…仕方ない。…今から買いに行くか。どうせ買いに行かないといけないのもあるし』
名前は重たそうに体を持ち上げると上着を取って羽織る。すると侑も同じ様に立ち上がるから名前は首を傾げる。
『私ひとりで平気だよ?』
「…俺も買うもんあるから行く」
何処か歯切れの悪い侑を不思議に思いながらも名前は頷いて部屋から出た。そのままふたりで街を歩いて有名な家具屋さんに辿り着く。
『……ここでも格差が生まれてる』
「店デカいなぁ…」
広すぎる店内に名前口をあんぐりと開く。すると侑も驚いたのか感激の声を上げていた。ソワソワ感を隠すことなくふたりは店内を周り必要な物をカゴに足していく。
『凄い今更だけど』
「ん?」
『私も一緒に住んでいいの?社宅って』
「いいんとちゃう?やって結婚しとる人も居るって言うとったで」
『高校卒業したばっかりの若造なのに大丈夫?いじめられない?嫌われない?』
「嫌われても別にバレーが出来れば問題あらへん」
『あっ……』
「別に強がりとちゃうわ!」
『まぁ中学からチームメイトに嫌われてたしね侑』
「うっさいわ」
名前はポンポンと慰めるように侑の背中を叩くと、侑は少し怒った様にフンッと鼻を鳴らした。
『あと買うのは……、ベッド…、いや、布団かな』
名前が寝具コーナーに向かおうとした時、手首を掴まれて立ち止まる。振り返ると侑が唇を尖らせて口を開いた。
「疲れた」
『……は?』
「疲れたから帰りたい。もう一歩も歩きたない」
『……じゃあ待っててよ。買ってくるから』
「嫌やー!帰る!今すぐ帰る!欲しいもん全部買うたもん!」
『私がまだなの!』
子供のように駄々を捏ね始める侑に名前は眉を寄せる。名前の腕を掴み左右に揺らす姿は誰が見ても疲れたようには見えない。
「いいやんかー!一緒に寝ようやー!」
『狭いでしょ!?シングルじゃ!』
「ならダブル買うからー!ちゃんと自分の小遣いで買うからー!」
『小学生か…!』
「ママー!」
『誰がママだ!』
クスクスと笑う声が聞こえて名前が顔を向けると近くを通っていた人達に小さく笑われていた。それに気づいた名前は途端に恥ずかしくなり侑の腕を掴んで足早にその場を離れる。
「おっ!帰るんか?」
『恥ずかしくてゆっくり選べない!』
「よっしゃ!今日は一緒に寝ような〜」
さっきまで疲れたと言っていたのに今では名前の腕を引いてレジを目指している始末だ。けれど楽しそうな侑の姿に名前は言ってやろうと口を開くがパクパクと動くだけで何も言えなかった。
「結構買ってもうたな〜」
『お店広いと何でもある…』
「名前要らんもん買ってたもんな」
『いっ、要らなくない!ちゃんと使うし!』
「ほんまか〜?」
辺りが暗くなり、ふたりで荷物を抱えながら家路を急ぐ。すると急に侑が楽しそうに笑いだし、名前は目を見開く。
『ど、どうしたの!?頭ぶつけた!?』
「いやっ、名前とこうしてずっと居れんのが楽しくてしゃーないんやけどっ、」
『………美人は3日で飽きるって言うからね。続けばいいけど』
「え?美人?何処に居るん?」
『うわー、ムカつく』
「飽きるわけないやん。俺の長すぎる片想い舐めんなや」
そう言って侑は名前の唇にキスを落としてまた歩き出した。突然の行動に名前は立ち止まって固まる。
「ほら帰るで〜。暗くなってきとる」
『………あの頃のバレーしか知らなかった侑は何処に…』
「今かてバレーと名前のことしか考えてへんよ」
『……』
「あ、照れとる」
『うるさい!帰るよ!』
侑の背中を叩き名前は足を早めた。その耳は赤く染っていて侑はまた楽しそうに声を上げて笑っていた。
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