辿りついた空白
『あっ、侑…!夜だからそんなに大声出さないで…!』
「そんなん知るか!!お前が俺の話聞かへんように、俺かてお前の話なんか聞かへん!!」
『ほっ、本当に待って…!警察来ちゃうから!』
「うっさい!!」
辺りは住宅街で、名前は侑に駆け寄りキョロキョロと周りを見渡す。
「静かにして欲しいんやったら俺の話を聞け!!クソババァ!!」
『クソバッ、…分かった!分かったから!』
名前はハーっと深い溜息を吐いて、ベンチに戻ろうとすると、侑はそんな名前の手首を掴んで歩き出す。
『え、どこに行くの…!?』
「決まっとるやろ。俺達の家」
『…はァ!?』
慌てる名前を他所にズンズンと侑は歩みを進める。こうなった侑は自分の意見を曲げない事を知っている名前は仕方なく抵抗を止めて、後に続いた。
∴∴
「飯食いたい」
『……………私、話に来たんだけど』
「飯、食いたい」
家に着くなりそう言った侑に、名前は半分諦めてキッチンへと向かい、簡単なご飯を作ると、座っていた侑の前に座った。
「……」
『………』
侑が食べている間、食器のぶつかる音だけが響き、名前は居心地悪くなり、視線を色々な場所へと向ける。
「……こうやって飯食って、寝て、起きて、」
『へ?』
「話して、テレビ見て、……普通と何が違うん」
箸を止めてポツリと語り出した侑に名前は瞬きを2度する。けれど侑とは視線が合わず、侑はただジッと机に置かれたおかずを見ていた。
「俺の未来が背負えへんってどういう事や」
『だ、だからそれは、』
「俺がバレーしとるからか?日本代表になるからか?」
『…そ、んなこと、』
「でもお前は俺が名前の為にバレー辞めたらキレるやろ。…まぁ、絶対辞めへんけど」
箸をカチャリと置いた侑はスっと名前に視線を移して、ピシリと指をさした。
「ワガママ過ぎやねん。おまえ」
『……は?』
「俺のバレーが好きなくせに、俺がプロになって、日本代表になる言うたら、未来が重い?背負えへん?けどバレーを辞めたらキレる」
呆れた様に、うんざりした様に眉を寄せて腕を組んだ侑は小さく何度も頷いた。
「そうや。名前はワガママ過ぎやねん。しっくりきたわ。ワガママ、欲張り、自己中」
『ひ、ひど…、』
「やってそうやろ。人の話は聞かへん。自分の意見しか通す気ないやん」
『だ、だって、』
「だってもクソも無いわ。さっきまで俺が話聞いてやったんや。次は俺が話す番な」
侑はそう言って名前を冷たい視線で睨んだ。その瞳は以前、侑に憎まれていた頃に感じていた視線だった。
「俺はほんまにお前が嫌いや。憎んどる。性格悪いし、話は聞かへん、自分の事ばっかりの自己中や」
『……』
「泣くなよ?続けるで。お前は俺の為や言うて自分の為やんか。俺のバレーを1番に応援しとる言うて離れるし、バレーをしとる俺の事嫌いやんか」
『そんなこと…!』
「現にそういう事やろ。俺がバレー上手なって日本代表になるから、それが背負えへん言うとるやんか」
『っ、』
唇を噛む名前に侑は責めるように言葉を続けた。
「お前みたいな面倒臭い女、誰も貰ってくれへんよ」
『………』
侑は涙が溢れそうになる名前の頬を摘むと瞳を優しく細めた。そこには、怒りも憎しみも無く、あるのは愛情だった。
「…そんなお前と一緒に居れるんは、そんだけ面倒臭い名前を愛しとる俺だけや」
『……あ、つむ、』
「面倒臭い所も、ワガママで欲張りで、自己中な所もぜーんぶっ、愛しとる俺だけやで?」
頬を摘む指は、いつの間には優しく頬を撫でていた。その温かい手に名前は涙が零れそうになるのを、必死に堪える。
「…なぁ、俺の未来を背負って?重たすぎて潰れそうなら俺と一緒に潰れてや」
『……そ、んなの、無理、だよ、背負えない、』
「背負えるて。つーか、名前が背負うんはほんの少しや」
『……少し?』
顔を上げたせいで流れた一筋の涙を侑が親指で掬って、口元を緩める。
「俺の愛情だけ背負ってくれればええよ。他のは俺が自分で背負うから」
『………』
「プロバレーボール選手って重みも、日本代表って重みも、全部俺が背負ったる」
『………そ、んなの、』
「歳下とかそんなん関係ない。俺は名前が好きや。俺の未来が背負えへんなんていう理由で別れるんなら、背負わなくてええから一緒に居って」
付き合う時点で背負う事には変わらない。その事実は変わらないのに。けれど侑の言葉に名前の心臓は苦しく痛みを訴えた。
『…侑、』
「なんや?」
『…嫌だよ、…そんなの』
「………ほんっまに、…ワガママやな、お前は」
そう言った侑の表情は酷く柔らかく、優しかった。名前は目を見開くと、侑は吹き出して笑ったが、その笑みは愛おしいものを見るような、甘い笑みだった。
「どうせお前は寂しいとか言うんやろ。背負えへんって言うたくせに。…ほんまに、面倒でワガママや」
『だっ、て、』
「…なぁ、名前、」
涙が頬に伝ったせいで張り付いた名前の髪を侑は耳にかけると、涙を拭って目を細めながら優しく言葉を紡いだ。
「俺の眩しすぎる重い未来を一緒に背負ってや。そんで一緒に幸せになろ?」
『…でも、』
「こうやって飯食って、寝て、起きて。確かに俺は沢山試合に出て人気になる。日本代表にもなる。…けど、俺は宮侑やから。ガキん時から名前ん事が大好きで、憎くて……、愛しとるただの男や」
『……ッ、』
「……やから、俺を選んで。俺を選んでくれたら重さなんて感じへんくらいに幸せにしたる。……いや、ちゃうな」
侑は首を少し捻って名前の頬から手を離して腕を組んで片手を顎に当てる。そしてハッとしたように目を見開いて、パチンと小さな音を立てて名前の頬を両手で包み込んでニッと笑った。
「名前が俺の事幸せにして」
『………は、』
「俺が幸せになれば、俺は笑顔になるわけやろ?」
『そ、そうだ、ね?』
「俺が笑顔になるっちゅー事は、俺の事が大好きな名前は幸せなわけやろ?」
『……ん?』
「ほら万々歳や!」
そう言って両手を子供の様に万歳をする侑に名前は呆気に取られるが、少しして小さく吹き出す。
『っふ、…ふふっ、…あはは!』
「なに笑っとんねん!」
『…だ、だって、…ぶふっ、…横暴っ、』
手の甲を口元に当てて笑う名前に、侑は肘を机について小さく首を傾げる。
「んで?俺を幸せにしてくれるん?」
『………深く考えるのが馬鹿らしくなってきた』
「クソババアは何でも深く考えるのが悪いところやで」
『なんでも勢いでどうにかしようとしようとするのがクソガキの悪いところだよ』
「なんや。もう元気やないか」
『どっかの誰かさんのおかげでね。ウダウダ考えるのが馬鹿らしくなっちゃった』
「そら良かった」
名前はフーっと息を深く吐いて、侑の手を握った。すると侑もその手を握り返して少しだけ目を細めた。
『……仕方ないから私が侑を幸せにしてあげる』
「フッフ、それは楽しみやなぁ」
ふたりは子供の様に無邪気に笑うと、コップの氷が小さくカラリと祝福する様に音を立てた。
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