夜の間に忘れてしまおう




「……は?なんやねん。これ」

「お!来たなー!遅いぞ侑!」

「いや、なんやねん」





侑が会社の飲み会と称され連れてこられたのは所謂、合コンというものだった。侑は部屋に入るなり姿が見えた女性達に眉を寄せて帰る為に背を向ける。




「離せや!」

「頼む!ここに居る子達お前狙い多いんだよ!」

「尚更帰る!」




侑の腰に腕を回ししがみつく会社の同期に侑は至極不快そうに眉を寄せる。立ち止まった侑に同期の男はキラリと瞳を輝かせて、耳打ちをする。





「それに今日のメンバー、モデルだぞ!モデル!」

「だからなんやねん。俺帰んで」

「待って!やだ!帰らないで!」

「彼女居るの知っとるやろ!」

「息抜き!息抜きだと思ってさ!なぁ!」

「いーやーや!!」





ふたりの掛け合いに女性達は他の男性陣も首を傾げていた。侑が襖を掴んでいるせいで個室の扉がガタガタと揺れていた。





「お客様…、どうかなさいましたか?」

「いえ!なんでもないです!……30分!30分居てくれればいいから!な!?」

「……15分、…15分が限界や」

「よっし!」





ことを大事にするわけにもいかず、仕方なく侑は席に着く。そして合コンは開始され、侑は人知れず舌打ちを漏らす。




「宮くんはいつからバレーしてるの?」

「……ガキん時から」

「へぇー!私、この間試合観に行って宮くんと話してみたいと思ってたの!」

「ふーん」





愛想も何も無い相槌を打ちながら侑は烏龍茶を口に運ぶ。侑の頭の中では、この時間で家帰って名前と話せたな、とか、折角の金曜なんやから帰って名前とエッチなことしたいな、などを考えていた。






「……はい、15分経ったから帰りマース」

「え、宮くんもう帰るの?」






きっちり15分経つと、侑は荷物を持って立ち上がり1000円札を取り出して机に置くと店を出た。部屋から同期の声が聞こえたが無視をした。




「晩飯何かな〜…」






鼻歌を歌いながら侑がスマホを取り出すと、後ろから声をかけられ、眉を寄せながら振り返る。





「待って!宮くん!」

「………なんやねん」

「わ、わたしも、帰ろうかなって…、」

「あっそ。じゃあな」

「も、もう少し、宮くんと話したいなって…。帰るまででいいから…」





何とも図々しい女だ、と侑は舌打ちが盛れそうになる。つまりは送って行け、ということだろう。確かに辺りは暗くなり、女だけで歩かせるのは危険だろう。けれどこんな時間の合コンに参加すると言ったのは彼女だ。






「……俺ん家と方向ちゃうやろ」

「宮くんの家どっち?」

「……………………あっち」

「なら同じ方向だ」





侑は逆を答えればよかったと後悔をした。会社の人間でもない彼女に本当の家の方向を教えるのが憚られ、家とは逆の方向を指したのが失敗だった。




「行こっか」

「……………」





一応、試合を見に来るほどのムスビイのファンである事は間違いない。チームの為に仕方なく深い溜息を吐きながら女の後に続いた。





「それでね、私も中学生の時にバレーやってて」

「へぇ」

「リベロだったんだけど、」






侑は明後日の方向を見ながら適当に相槌を打つ。名前とは違う甘すぎる程香る香水、綺麗に整えられた髪色、先まで綺麗に彩られた爪、名前が履かないであろう高さのヒール。全てが侑の癪に障っていた。わざわざ出しているであろう甘い声にもうんざりだ。





「なぁ家どこ?まだ時間かかるん?」

「……ちょっと、遠回りしてたの」

「……はァ?」





額に青筋を浮かべ、低い声で唸ると女は突然振り返り侑の胸に飛び込んだ。そのまま顔が寄せられ、侑は一瞬固まったが、持ち前の反射神経で女の肩を掴み距離をとる。





「……なんのつもりやねん」

「私っ、本当に宮くんの事が好きでっ、」

「好きでもやってええ事と悪い事があるやろ」

「でもっ、」

「……帰る」

「待って…!」





腕を捕まれ仕方なく立ち止まり、女を見下ろすとその大きな瞳からはポタポタと涙が流れ落ちていた。その瞼にはキラキラとしたアイシャドウが塗られて、そこも名前とは違うと侑は冷めた頭で思った。





「…なんやねん。執拗いで、自分」

「本当に好きなのっ、」

「俺、彼女居んねん」

「遊びでもいいのっ、だからっ、」

「嫌や。そもそも遊びでいいなんて言う女、大っ嫌いやねん」

「だって、…だったらどうしたらいいのっ、」

「泣くなや。……面倒臭いなぁ」





侑はガシガシと頭を掻いてフーっと息を吐く。名前は滅多な事がない限り泣かない。映画などを見て泣く事はあっても、大人としてのプライドなのか、侑の前では泣かなかった。





「………あー、もう分かった。家までは送ったる。それでもう諦めや」

「………」

「遠回りとかすんなよ。んで家どっちや」

「………ここ」

「は?」

「このアパート」

「…なんやねん」





すぐ近くにあったアパートを指さす女に侑は眉を寄せる。そのまま帰ろうとした時、また女に袖を引かれた。





「…部屋の前まで送って行って」

「……は?」

「それで、諦めるから」

「………はぁ〜…」






侑は仕方なく背を向けて数歩先を行く女の後を追って階段を上がった。そして部屋の前に着いて、これでやっと帰れると思った瞬間、腕を引かれて部屋の中に足を踏み入れる。





「っおい!」

「……1回、1回だけでいいの、」

「ふざけんな」





侑はすぐに腕を振り払って少し乱暴に扉を開けて部屋を出る。背中に涙を啜る音がしたが、苛立っている侑の耳には届かなかった。




だから、遠くで事の一部を見ていた視線にも、気づけなかった。

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