尖ったガラスで滲んだり
「ほんまにやめて!」
「俺もこの階がいいなー!」
「ほんまに帰って!」
名前が仕事から帰り、夜ご飯を作っていると外から騒がしい声が聞こえて手を止める。侑が株式会社ムスビイに就職してから2ヶ月が経つがこんなに騒がしい帰宅は初めてだった。
「お邪魔しまーす!!」
「やめて!俺の愛の巣に入らんといて!」
「あ!ツムツムの奥さん!?」
「そうやけどやめて!」
『……あの、奥さんでは無いです』
「なーんだ。奥さんじゃねぇのか!」
「木っくんほんまやめて!」
侑に木っくんと呼ばれた木兎光太郎はまるで自分の家の様に名前と侑が住んでいる部屋にズカズカと上がると興味深そうに「フホォー」と部屋の中をキョロキョロと眺めていた。
『……えっと?』
「名前!ほんまにごめん!俺は断ったんやで!?なのに木っくんが…!」
「あ!俺は木兎光太郎!ツムツムと同じチーム!よろしく!」
『あ、うん。よろしく』
右手を差し出され思わず反射的に名前が握るとすぐに侑に引き剥がされる。けれど木兎は気にしていないのかニコニコと笑ってリビングで寛ぎ始めた。
「勝手に名前に触らんといて!あとほんまに帰って!」
「ツムツムの彼女さんは名前なんて言うの?」
『えっと、苗字、名前、です』
「名前も答えんでええから!」
「へー!名前ちゃんか!」
『ちゃんって呼んでもらえる様な歳では…』
「ん?名前ちゃん何歳なの?ツムツムより歳上?」
「木っくん!俺の話聞いて!?」
ここまで翻弄されている侑を見た事がなく、名前もデリカシーの無い木兎の行動と言動に驚きはしたが、嫌悪感を感じさせない木兎に尊敬すらしていた。
『えっと、木兎くんもここのマンションに住んでるの?』
「うん!この部屋の3階も上でさ、上がるの面倒臭いんだよなぁ」
「エレベーターあるやろ!」
「………ん?……んん〜?」
『え、なに、』
「木っくん!!!!」
木兎は突然立ち上がり名前に顔を寄せる。突然の行動に名前は驚いて固まり、侑は木兎の体を必死に引っ張る。
「名前ちゃんさぁ、俺の事知らない?」
『え?』
「俺どっかで名前ちゃんの事見た気がするんだよなぁ…、んー?どこだぁ?」
「近い!近いねん!!離れろや!」
木兎の言葉に名前は頭を巡らせる。侑は木兎を引き剥がすことを諦め、名前の体を抱き寄せて距離を取る。
『…………ぼくと、こうたろう?』
「会った事あるわけないやろ!名前が居ったんは宮城!木っくんは東京やろ!?」
『………東京?』
「…………あー!名前ちゃんさ!全国の時、烏野に居なかった!?」
『い、居たけど…』
「ツッキーと仲良い子だ!いやー!スッキリしたー!」
『………月島くん?』
名前は自分の体を拘束している侑の腕の中から抜け出してスマホをいじり月島に電話をする。すると後ろから講義の声が聞こえたが無視した。
「なんで他の男に電話しとん!」
『………………あ、月島くん。急にごめんね。今大丈夫?』
「え!?ツッキー!?俺もツッキーと話したい!」
ワイワイと騒がしくなり名前が片耳を抑えながら耳を澄ますと少し不機嫌そうな月島の声がした。
「…なんで木兎さんの声がするんですか」
『あ、やっぱり月島くんの知り合いだった?』
「東京の梟谷高校の元主将です」
『梟谷…、………とりあえず月島くんの友達?』
「違います」
ハッキリと否定した月島に名前を苦笑を浮かべながら侑に絡んでいる木兎を見る。
「要件はそれだけですか?」
『あ、うん。ごめんね。知らない人だったら困ると思って』
「知らない人って…、」
月島の呆れた様な声に名前は懐かしくなり目を細める。呆れながらも無理矢理電話を切ろうとはしない月島に名前は頬を緩めると、それに気付いた侑がスマホを奪い取り通話を終了させる。
「あー!俺もツッキーと話したかった!」
「旦那の前で浮気とはええ度胸やな?あぁ!?」
『旦那じゃないし、浮気でも無いです』
青筋を額に浮かべながら名前の顔を覗き込む侑に溜息を吐きながら晩御飯の準備に戻る名前に対して、木兎が涎をジュルリと拭う。
「ねぇ!ねぇねぇ!俺も飯食って行っていい!?」
「はァ!?あかんに決まっとるやろ!」
『今から量増やすとなると時間かかるけど…』
「なに名前は前向きやねん!」
「やったー!」
無邪気に喜ぶ姿に名前は日向の姿を重ねて小さく笑うと頬を摘まれて視線を向けると侑がキレた様子で頬を掴んでいた。
「ニヤニヤしてんなや」
『だって可愛いじゃん。近所の小学生みたい』
「…………………尻尾振りよったらぶち犯すからな」
『だから尻尾って……』
名前は苦笑を浮かべながら手を動かし、火をつけるとフライパンに乗せていき、炒め終わりお皿に盛り付ける。
「うっひょー!!肉!美味そう!!」
『……………木兎くんいい子…』
「俺かていつも言うとるやろ!」
「食っていい!?食っていい!?」
『どうぞ』
「おい!俺の事無視すんなや!」
名前はずっと荒れている侑を無視しながら美味しそうに頬張る木兎を見て頬を緩める。のを侑は名前の頭を片手で掴み青筋を浮かべる。
「名前ちゃん!おかわり!」
『はーい!』
「木っくんほんまに帰って!?」
いつもよりも数段騒がしい食卓に名前は合宿時の烏野を思い出し、ふたりが気づかない程小さく息を漏らして笑い、お椀の中にご飯をよそっていた。
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