いつからか王子様が




『侑ー!朝!起きて!』



名前は未だに布団に潜っている侑の体を叩きながら声を上げる。昨日初めて共に夜を明かしたとはいえ、ふたりの間に甘い雰囲気は無かった。買い物や慣れない家に疲れたふたりは布団に入るなりすぐに眠ったからだ。




「………今何時や、」

『8時40分』

「はや…」






元々朝が得意ではない侑は眉を寄せてまた布団に潜った。そんな侑とは対照的に社畜経験のある名前は特に朝が苦手ではなかった。というか克服せざるを得なかった。





『寝ててもいいけど私出かけるよ』

「……何処に?」

『せっかく東京来てまだ仕事始まらないんだから観光しようと思って』

「……………俺も、……行く」

『え?でも午後からジム行くんでしょ?』

「…………起きる、……ちょっと、待っとって、」






そう言ってベッドに両手をついて体を起こす侑に名前は高校の時より伸びた前髪を左右に分ける。





『4月から社会人でしょ?もう少し短くしたら?』

「………美容院、…行くのめんどいねん」

『でも前髪くらい…』

「名前が、切って……」

『え、』





そう言って侑は大きすぎる欠伸をして体をグッと伸ばした。首を回したり肩を回したりして閉じられていた瞼が開かれて瞳が交わる。





「名前が切ってや」

『………前髪を?』

「おん」





目が覚めて来たのか侑は呆然としている名前の手首を掴んでゆらゆらと楽しそうに笑った。名前は目を見開いてパチパチと瞬きを繰り返す。





「失敗してもええから」

『前髪は失敗しちゃ駄目じゃない?1番駄目な部分じゃない?』

「失敗してもセットすれば分からへんから」

『………えぇ〜…』





嫌そうな顔をする名前を置いて機嫌が良さそうにハサミと嬉々にゴミ袋を切って被る侑に、名前は溜息を吐いて仕方なく椅子に腰を下ろす侑の前に移動する。





『新聞紙あったっけ?』

「食器買うたときに付いてきたやつならある」

『それでいいから床に敷こうか』





名前も諦めたのか新聞紙を床に敷いて侑の前髪をいじる。その間、侑は寝起きとは思えないほど楽しそうにムフフと笑っていた。





「あ、せや。後ろもちっと邪魔やから切って」

『………私ただの受付嬢で美容師じゃないんだけど』

「彼女がまた惚れてまう程かっこよう頼むわ〜」

『……当店、失敗の可能性がありますがクレームは一切受け付けません』

「まぁお姉さんが切ってくれるならしゃーないなぁ」





何故か始まる美容院設定に名前はノリながらもその手と目は真剣だった。






『………い、いきます!』

「お願いします」





笑う侑とは対照的に名前は真剣な面持ちで侑の前髪を持ち上げてハサミを入れる。




『………』

「…………大声出してもええ?」

『………いいけど、…前髪凄いことになるよ』

「……………やばい。叫びたい」





基本的に面白いことが大好きな侑は自分の前髪を犠牲にしても名前の手元を狂わせたい様だが、真剣な表情の名前を見て、甘く目元を緩ませて小さく笑った。





『…………これで、限界かな』

「……………」






フーっと息を吐いて額を拭う名前は、鏡を侑に渡して眉を下げる。






「………」

『……侑?』

「………………なんやこのイケメン!!!」

『……は?』

「俺こんなにイケメンやったっけ!?イケメン過ぎやない!?大丈夫か!?」

『……あ、侑、美容院予約してあげるから、』

「嫌や!行かへん!!一生このままにする!」

『でも、前髪もガタガタだし…』

「嫌やぁああぁああ!!」





鏡を胸の前に抱いて首を左右に激しく振る侑を見て名前は苦笑を浮かべる。





『髪型かっこ悪いよ?』

「はァ!?この髪型の悪口言う奴は絶交や!」

『えぇ〜…』

「嫌や!これはこれからこの髪型で生きていくんや!」

『……伸びるけどね』





キラキラとした表情で鏡を見続ける侑に名前はムズムズして視線を逸らし、お腹の辺りを抑える。





『…せめてセットはしてね』

「……………」

『お願いだから』

「…………しゃーないな」






不満そうに唇を尖らせて頷く侑の短くなった髪を名前が撫でると侑は気持ちよさそうに目を細める。





『…ワックス買いに行こうか。観光のついでに』

「おん!」





名前の言葉に侑は子供のように笑って頷いた。その笑みに名前は目を見開き、つられたように笑った。

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