骨肉相食む






『…………』

「………」






分かってる。この人に言ったって仕方ないことくらい。




「…………すじこ」





男の子は眉を下げて申し訳なさそうにそう言った。私は唇を噛むと男の子は背負おうとしていた男を優しく降ろすと、私の前にしゃがみ込んだ。





「……高菜、」

『…なに、』

「いくら、すじこ、」

『…だから、なに。何言ってるか、分からない、』

「ツナマヨ、…………ツナ、」





男の子は優しく私の手を握ると、少しだけ手を引いた。そしてまた「こんぶ、」と言った。




『……私は、手伝わないから、』

「しゃけ」

『私が運ぶのはお母さんだけ。その2人の事はどうでもいい』

「しゃけ、…こんぶ!」





男の子は胸を張って自分の胸をポンっと叩くと少し笑った。よく見ると血が付いている唇の横によく分からない模様が描かれていた。




『……お母さん、』





私は小さく呟くと、ゆっくりと母の体を背負った。私より少しだけ背が高いのに酷く軽い体に胸が締め付けられた。



『………』





視線をやると、男の子は兄である男を背負っていた。そしてさっきよりしっかりとした足取りで玄関から出て行った。私もそれに続くように立ち上がって歩みを進めると、玄関近くに倒れていた父である男がタオルに巻かれた手首を抑えながら私を睨み上げていた。




「ゆ…、ゆるさ、…ねぇ、からな、」

『…………うん、…私もあんたを許さない、』





私がそう言うと男は奥歯をギリッと鳴らした。私はそれを見ないふりをして横を通り過ぎた。




『………』

「すじこ!」




私が階段を降りて外に出ると、さっきの男の子が私の元へと走り寄って来た。




『……いい。自分で連れて行くから』

「…高菜?」

『………だから、大丈夫だってば、』





言ってる事がよく分からなかったけど背中の母を指さしていたから私は首を降った。外にはひとつの黒い車があって兄が既に乗せられていた。運転席を見ると眼鏡をかけた男の人が窓を開けて私を見た。




「その方も病院に連れて行きますから、乗せてください」

『……………』





コイツらと同じ空間に居て欲しく無かった。でも、早く病院に連れて行ってあげたい。頭の中でグルグルと考えていると男の子がまた階段を登っていく気配がした。きっと残されてるもう1人の男の元へと向かったのだろう。





『………大丈夫です。救急車を呼ぶので』

「ですが…、」

『大丈夫ですから、』

「…………分かりました」






私が強くそう言うと男の人はスマホを取り出し救急車を呼んでくれたようだった。





「こんぶ、」






男の子は自分よりも大きな男を背負って戻って来た。私は視線を逸らして背を向けて歩き始める。すると後ろから男の子が「いくら!」と叫んだ。けどそれを無視して歩みを早めた。






「……高菜!」

『…なに?』





私が少し離れた場所にあるベンチに母をゆっくりと降ろしていると、後ろからあの男の子の声がして振り返るとやはり男の子は居た。





「こんぶ、」

『…戻らない。ここからなら救急車の音も聞こえるし平気』





男の子はさっき居た場所を指さしたからきっと戻らないの?と聞いたんだろうと予想を立ててそう言うと、男の子は少し肩を落とした。




『……君は病院行かないの?』

「すじこ」

『………わたしが、なに?』




男の子は私を指さした。私が眉を寄せると慌てた様に両手をブンブンと胸の前で左右に振った。




「お、おかかっ、」

『私が病院に行かないから行けないの?』

「おかかっ、」

『私の事は気にしなくていいから。病院行きなよ』

「おかかっ、こんぶ!」

『……私のせいで病院行けないんでしょ?』

「おかかっ!」

『………………そんなに首振ったらクラクラするよ』

「こ、こん、ぶっ、…」





フラフラとした男の子は地面に膝を着くと私を見上げた。そしてポケットからスマホを取り出してポチポチと操作すると私の前に画面を突き出した。




『……心配?………私が?』

「しゃけしゃけ」

『……私は別に怪我してないけど、』

「ツナマヨ」




男の子は自分の頬を人差し指でチョンチョンと啄く。それで私は彼の言いたい事が分かった。




『これは前の傷だから大丈夫。それに慣れてるし』

「おかか、」



男の子はまた首を左右に振った。訳が分からず首を傾げるとまたスマホを操作して私の前に出した。



『…………慣れちゃ、いけない?』

「しゃけ!」

『…私だって、別に、慣れたくて慣れたわけじゃ…、』





私がそう呟くと遠くから救急車のサイレンが聞こえて立ち上がり、母を背負おうとすると男の子は私を止めるかの様に両手を伸ばした。




『救急車来たから行かないと』

「おかかっ…、おかかっ、」



男の子は少し前にも行った胸を張ってポンっと自分の胸を叩いた。



「こんぶ!」

『……連れて行ってくれるの?』

「しゃけ!」




男の子はフンと頷くと母を優しい手つきで背負ってゆっくりと歩き出した。私も並んで歩くと男の子はふわりと笑った。







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