「…こ、んぶ、」
棘は目の前のムカデに冷や汗をたらりと流した。さっきまでと比べ物にならない大きさになっていた。目の前の女の子から負の感情が溢れ出して棘は慌てて止めようと否定の言葉を口にした。けれど当たり前に彼女には届かなかった。
「っ、」
ムカデは棘に襲いかかってくる。狭い部屋はいつの間にか両隣と繋がってしまう程の穴が空いていた。壁が壊されたおかげで幾分か動きやすいが、やはり高さが足りない。棘は頭の片隅で隣人の避難が終わっていることに安堵した。
「ーー動くな」
さっさと祓ってしまえばいいのに、棘の頭の中には女の子の悲痛な声が響いていた。このムカデを祓おうとした時、彼女は確かにやめて≠ニ言った。そんな事を気にしてはいけない、頭ではわかっている。なのに体は言うことを聞いてくれなかった。
「ーー動くな」
棘がムカデから逃れる為に隣の部屋に着地した時だった。ムカデは急に方向転換をして、
ーー未だに倒れている男2人に向かっていったのだ。
「ーっ!?」
棘は短い髪を揺らして慌てて2人に手を伸ばす。そして大きな声で「ーー動くな」と呪言を放つと、喉に痛みが走り口内に血の味が広がった。
「ヴッ…、」
2人に手が届いた時、呪言が解けたのかムカデが棘の腕に噛み付いた。噛まれた痛みだけではなく、このムカデには毒があると棘は直感した。そして直ぐにこの2人を病院に連れて行かなくては時間遅れになるとも。
「……」
棘は痛みの中、女の子に視線を送る。すると彼女は眉を寄せて瞳に涙を溜めていた。その視線は腕の中の女性に向けられていた。棘はフーっと息を吐いて彼女に優しく問いかけるように言葉を紡いだ。
「………ツナマヨ、」
『…な、なに、』
名前は棘のあまりにも悲しそうな顔でごめんね≠ニ言う言葉をおにぎりの具に乗せた声に狼狽えると、棘は瞳を閉じてゆっくりと瞼を持ち上げた。真っ直ぐな瞳にさっきの悲しそうな表情がまるで嘘のようだった。
「ーー爆ぜろ」
棘が大きな声では無いが強くそう言うとムカデはまるで爆弾が爆発した様に辺りに肉を散らしながら消えていった。
『……ぁ、』
「ゴフッ…、」
棘は咳き込むのと同時に吐血し、床に膝をつく。名前はそれを見てビクリと体を跳ねさせる。
「ガハッ、」
『…はやく、病院、行かないと…、』
名前が小さく呟くと、棘は立ち上がって下に転がっていた名前の兄を背中に担ぐ為に腕を自分の肩にかける。
『……ソイツなんて放って置けばいいよ、』
「…おか、か、」
ガラガラの声で棘は否定すると、名前は目を細めた。
『……君には関係無いでしょ。だからさっさと君だけで病院に行けばいいじゃん』
「……お、かかっ、」
『………』
名前は眉を寄せて怒りを露わにすると大声で棘を怒鳴りつけた。
『なんで!?そんな奴生きてる意味なんて無い!助ける必要なんて無いんだよ!!』
「…おかか、」
『っ、』
髪を揺らして首を振る棘に名前はグッと息を飲んで声帯を激しく揺らした。
『ーー私達のことは助けてくれなかったくせにっ!!』
「ーっ、」
その怒りと悲しみの籠った叫びに棘は酷い頭痛と目眩がした。