「いい加減にしろ!何度言ったら分かるんだ!」
『……ごめんなさい、』
「お前なんて生まれて来なければ良かった!」
『…………ごめんなさい、』
自分の名前以上に言い慣れたごめんなさい≠フ6文字。何度も何度も繰り返してきた。父はいつも私を殴る。右手で何度も、何度も何度も。こんなに殴られているのに痛みは無くならない。痛みは慣れてくれない。私の頬はいつも腫れて真っ赤で真っ青できっと見るに堪えない顔だ。けれど学校の先生は顔のほとんどを埋めつくすガーゼを見て見ぬふり。それが利口な判断だってよく分かる。
「もうやめてください!」
「お前は黙ってろ!」
よくドラマで見るセリフだ。母が子を庇って父に殴られる。ドラマで見るシーンも私にとっては日常だ。
『………ごめんなさい、』
私は何度もこの言葉を口にする。勘違いしないで欲しいが、この男に謝っているわけじゃない。私は、私を守ろうとしてくれた母に対して口にしているのだ。
ーー生まれてきて、ごめんなさい、
『………お、母さん、』
「ごめんねっ、ごめんねっ、名前っ、」
『………お母さんのせいじゃないよ、』
父がお酒を買いに出て行くと母はいつも私と同じ様に頬を腫らして私を抱きしめて涙を流す。そしていつも温かい母の体温に安心する。生きている事が分かるから。
『……お母さん、』
「ごめんねっ、」
『大丈夫だよ…、大丈夫だから、』
「すぐに手当するからっ、」
『いいよ、お母さんが先に、ーーッガァっ、』
急に背中に痛みが走ったと思ったら気付いた時には頬を床に思いっきりぶつけて倒れ込んでいた。床に手をついてゆっくりと上体を捻って後ろを確認すると片足を上げたまま兄である男が私を見下ろしていた。
「邪魔なんだけど」
『………』
「謝る事も出来ねぇのか?お前は」
『……ごめん、なさい』
私が視線を逸らしてそう言うとバキッと音がしてまた床に倒れ込んでいた。ポタポタと赤い血が床に1滴、2滴と模様を描いた。あぁ、殴られたんだなって気付いた。
「本当に可哀想だよなぁ、母さんも。こんな出来の悪い子供が居てさ。俺だけだったら幸せになれたのにな」
「違うっ、そんな事っ、」
『………ごめんなさい』
きっと私はこいつらを殺す事は出来ない。何度も殺してやろうと思った。でも、出来なかった。自分の中の理性が壊れてくれない。壊れて欲しいと、壊れてしまえと何度願っても、私の理性は私の手を止めてしまう。
私はきっと、こいつらを殺すことはできない。
でもこの世に本当に怨念があるのなら、
殺してしまう程呪う事ならきっと、出来る。