地獄の沙汰も金次第





『………お母さん、』




机の上に封筒を置いて部屋で眠っているお母さんさんの傍らに膝を折って、顔色を確かめる。随分と良くなったみたいだ。前みたいな傷も無ければ少しずつだけど健康的に太れたようだ。それでも標準には満たないだろうけど。





『……ごめんね、…ごめんなさい』




これから私はお母さんを傷つける。消えない傷を負わせるかもしれない。一緒に居れなくなるかもしれない。それでも私は、






『お母さんの子供になれて幸せだった。……こんな私を産んでくれてありがとう』





だからどうか、






∴∴




『……………夏油さん』

「こんな時間にどうしたの?」





月が真上にある頃、私は夏油さんの元を訪れた。彼は私が来る事が分かっていたかの様に薄らと笑みを浮かべていた。そんな彼の前で膝を折って額を地面につける。





「……急にどうしたの?女の子が土下座をするのはあまりオススメしないよ」

『…お願いします。…母を助けてください』

「…………そういう約束だっただろう?」

『違いますよね』





地面につけていた額を上げて夏油さんを見上げる。すると彼は笑みを消して私をただ見つめていた。





『…夏油さんは最初から殺すつもりでしたよね』

「…どうしてそう思う?」

『私ならそうするから』

「…へぇ?」

『私があの男達を嫌いなように夏油さんは非術師を憎んでるから。…夏油さんに何があったのか分かりません。でも、非術師を酷く憎んでいる事は分かりました』

「……」

『…憎んでいる人間を生かす様な優しい人間なんていませんよ。…少なくとも私は助けない』






私は善人じゃないから。自分の大切なものを守るので精一杯だから。自分の大切なもの以外どうでもいい。他人なんて救っている余裕はない。





『……お願いします。あの人だけは、助けてください』

「その為に君は何を差し出せる?」

『私が差し出せるのは、』





こんな私に差し出せるものなんて決まってる。私の存在価値なんてそれくらいしかない。でも、こんな私でもあの人が救えるのなら安いものだ。






『……私が差し出せるのは、…私の命です』

「………いい覚悟だね」





そう言って夏油さんは静かに頷いた。あの人の為ならば私は喜んで命くらい差し出す。それすらも出来ないのなら今すぐ死んだ方がマシだ。





∴∴∴





「さてと、そろそろ行くよ。名前」

『はい』





外からお母さんがいる部屋を見上げる。カーテンが閉じているからもしかしたら眠っているのかもしれない。まだ朝も早い。未練を断ち切るように視線を逸らして夏油さんを見る。





「約束は必ず守るよ」

『…よろしくお願いします』






今の私にはその言葉を信じる事しかできない。もしこの人が嘘を吐いていたとしても最悪、奥の手がある。大丈夫だ。




ーー12月24日 百鬼夜行 当日




「お互い本気で殺り合ったらこっちの勝率は3割ってとこかな。呪術連まで出てきたら2割にもみたないたまろうね。だがそのなけなしの勝利を9割9分まで引き上げる手段が1つだけあるんだよ」

『…乙骨憂太を殺して、特級過呪怨霊 祈本里香を手に入れる…ですか』





夏油さんの後に続いて高専の門を目指す。私が聞くと彼は少しだけ首を傾げた。






「彼を殺すのは嫌かい?乙骨憂太は君にとって大切なものより大切だった?」

『……愚問ですよ』

「そうだね」





そう言って夏油さんは高専の門を見上げて黒く長い髪を靡かせた。




「百鬼夜行の真の目的は乙骨を孤立無援に追い込むこと」

『……だから新宿と京都』

「さぁ、新時代の幕開けだ」





夏油さんは帳をおろした。辺りは真っ暗になって何故かそれが眩しくて目を細めた。




「君がいたか」

「いちゃ悪いかよ。てめぇこそなんでここにいる。名前」

『……ここが私の居場所だからだよ。真希』





真希はキッと私を睨むと呪具を構えた。以前と変わらない強気な姿勢。呪力がないのに、私なんかよりずっと強い。




「悪いが猿と話す時間はない」

「私だってオマエと話すことなんてねぇよ。私が用あんのは名前だ」

『……私から話せることは何も無い』

「オマエ、呪詛師になったのか」

『呪詛師…、とは少し違うかな。私にはお金が必要なの。でもそのお金は呪術師じゃ稼げない』

「呪詛師と組んで稼いだ金で食った飯は美味かったか?」

『……どうだろう』





ご飯の味はどんなだっただろうか。昨日のご飯は何だったっけ。朝ごはんは?





『………もう、思い出せないや』

「私達は時間がないんだ。さっさと消えてもらおうか」

「……殺れるもんならやってみろよ」





そう言って夏油さんを睨んだ真希の瞳は酷く強くて真っ直ぐで、頭の奥で何が響いた気がした。



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