「大丈夫なの?」
『ん?何が?』
「少し痩せてない?」
お母さんの言葉に自分の体に視線を落とすも、特に変わった様子はなかった。
『体重も変わってないし、別に何も問題ないよ』
「ならいいけど…」
『あ、そうだ!今度一緒に沖縄行かない?』
「沖縄?」
『そう!秋になりかけてるし、気温もきっとちょうどいいよ!』
本当は沖縄じゃなくてもどこでもいい。ただ海は超えたい。簡単には追えないような。そしてお金が貯まったら物価の安い国にお母さんと行って、質素でも幸せに暮らすんだ。
「………名前、」
『なに?』
「最近ずっと家に居てくれるけど、学校はどうしたの?」
『…学校は、夏油さんが言ってくれてるから大丈夫』
私の言葉に母は少し疑念を抱いていた様だけど小さく頷いてくれた。きっと私が嘘をついていることも気付かれてる。
『…買い物行ってくるね。何か必要なものある?』
「お米を、買ってきて欲しいな」
『うん、分かった』
財布とスマホを持って家を出て大通りを歩いていると、突然腕が掴まれて少し引かれる。そのまま後ろを振り返ると息を切らした狗巻くんが私の腕を掴んでいた。
『…………久しぶり』
「すじこ!明太子!」
『そんなに怒らないでよ…』
「…おかか、」
狗巻くんは怒ってる訳では無いと首を左右に振って視線を下にさげてしまった。私は小さく息を吐いてどうしたものかと空を見上げる。
『……離してくれたりする?』
「………おかか」
『……私はもう高専には戻れないよ』
「…………」
『五条先生…、もう私にとっては先生じゃないか。五条悟から言われなかった?私は離反者だって』
私の質問に狗巻くんは答えなかった。でもそれが答えだ。これは私の選んだ道。何を犠牲にしても構わない。
『…どうする?私を殺す?』
「おかか!」
『なら、見逃してくれる?』
「……………」
狗巻くんは迷子になった子供のように視線を左右に彷徨わせていた。最後に見た時よりも少し髪が伸びているかもしれない。もう10月だ。随分と肌寒くなった。
『買い物に行かないといけないから』
「………高菜、」
『一緒に来たら狗巻くんまで離反者だって疑われるよ』
「いくら」
狗巻くんは私の手首を掴んだまま歩き出した。そんな彼に引かれながら近くのスーパーに立ち入る。
「明太子…?」
『言ったでしょ。帰れないし帰らない。元々私が高専に入ったのはお金の為だし。その時より払いがいい方に行くのは当たり前でしょ?』
「………高菜?」
『そうだね。呪術師の方が払いが良ければ辞めなかったかもね』
狗巻くんは少し考えるように俯くと立ち止まった。そのせいで手首を掴まれてる私も立ち止まることになった。
『狗巻くん、別に逃げないから手、離して』
「…………しゃけ」
そう言いながら私の手を離さない狗巻くんに眉を寄せた。買い物しずらいし、連絡していた様子はないけど五条悟が来ても面倒だからそろそろ別れたい。
『狗巻くんはどうしてここに居たの?』
「こんぶ」
『…あ、任務帰り?』
「しゃけ」
『なら早く高専に戻って報告書書かないと。任務についてと離反者発見について』
「…………おかか」
彼が首を振るとサラサラと髪の毛が揺れて、本当に伸びたなぁなんて思った。出会った時は髪の毛がツンツンしていたのに。
『それ立派な離反行為だよ。ちゃんと報告しないと』
「…おかか」
『後で私のせいにしないでね』
「しゃけ」
最後にお米を買いたかったけど、狗巻くんのせいで片手しか空いてない。何故か彼がカゴを持ってくれていたけど、そこにお米を入れる訳にはいかない。仕方なく諦めてお店を出る。
「……」
『流石に家がバレるのは嫌だから離して』
「…………明太子、すじこ、」
『……私、狗巻くんの言いたい事の全部が分かるわけじゃないんだよ。みんなみたいに』
「…いくら、こんぶ」
『離してくれないなら叫ぶよ。今ここで。流石に一般人には私が離反者だなんて分からない。私が叫べば完全に狗巻くんが加害者だよ』
「……ツナマヨ、……おかか、」
話の流れから理解することは出来るようになっても、ゼロから話をされたら彼が何を言いたいのかなんて分からない。それでも彼は少し俯きながら言葉を紡ぐ。
「…高菜、…明太子、すじこ」
『……あー、えっと、…何?』
「ツナ、…ツナマヨ、…いくら、」
『……ごめん、…何を言ってるのか、分からない』
「…しゃけ、…おかか、すじこ、…ツナマヨ、」
『……私、もう行かないといけないから』
「おかかっ…!」
手を伸ばす狗巻くんの手を意識的に叩き落とす。すると何故か私の手に痛みが走った。きっと彼の方がずっと痛いに決まってるのに。
『……勘違いしないで。私が男嫌いなのは変わってないし、例外は無いから』
「……………た、かな、」
『それに私はもう、……君の同期でも、友達でもない。…最初から』
「……つ、なまよ、」
そう言って背を向けると彼は追って来なかった。それを望んでいたのに、何故か、私の胸は酷く悲鳴を上げていた。