毒を食らわば皿まで





「オマエ…、その傷どうした?」

「だ、大丈夫…!?」

「任務で怪我したなら医務室に行った方がいいぞ」





五条先生の腕を払って病室を出て、高専に戻ると他の4人は任務が無かったのか教室にいた。夕方なのにどうしてここに居るんだろうか。そんな疑問は持ちながら机の中に入れたままだったスマホを取り出すと狗巻くんが私の腕を少しだけ掴んだ。





「…すじこ?」

『………別に、大丈夫』

「高菜、」

『なんでもない』

「おかか、…いくら、」

『本当になんでもない』





狗巻くんに視線は向けずにそのまま教室を出ると何故か彼は私の後を追ってきた。





「すじこ!」

『…ついてこないで』

「いくら、…明太子!」





早歩きする私の隣に並びながら身振り手振りで何かを伝えようとする狗巻くんに段々と苛立ちが募った。




『ついてこないでって言ってるでしょ!』

「……す、すじこ、」

『……狗巻くんには関係ない。気にしないで』




そのまま背を向けて歩き出すと彼はもうついてこなかった。




∴∴∴





「今回補助監督を務めさせていただきます、伊地知です」

『よろしくお願いします』





車に乗り込んで外を眺めながら任務地を目指す。頬のガーゼのせいで少し視界が狭いけど、仕方ない。




「その傷は家入さんに治してもらわなかったのですか?」

『…大した傷でも無かったので』

「そうですか」




任務地にたどり着くと、帳が下ろされて辺りが真っ暗になった。今回の任務はいくら貰えるだろうか。





「…………………高菜!」

『何してるの』





高専に戻り寮へと戻ろうと門を潜ると狗巻くんが居た。私を見るなり駆け寄って来たから私に用があるみたいだけど。





「ツナマヨ!いくら!」

『……任務』

「高菜!?ツナ!」

『大した傷じゃない』





狗巻くんは私が任務に行っていたと知ると傷が治ってないのに、と驚いていた。傷を治す時間が惜しい。今はまだ昼過ぎ。もうひとつの任務も行けそうだ。





『それじゃ私は職員室に用があるから』

「……………すじこ?」

『そう。任務』

「おかか!」




狗巻くんは両手を広げると私の前に立ちはだかった。まるで行かせないとでも言わんばかりに。その行動に目を細める。




『……邪魔なんだけど』

「おかか!いくら!」

『だから大した傷じゃない』

「明太子!」





ギュンギュンと首を左右に振る狗巻くんに視線を逸らして溜息を吐く。本当に邪魔だ。




『私遊んでる暇ないから。退いて』

「おかか!」

『……時間が無いの』

「お、か、か!」

『………私、狗巻くんのそういう所嫌い』




小さく零すと狗巻くんはピクリと体を揺らしたけど、それでも退いてはくれなかった。まぁ、私に嫌われたから何?って感じだろうし。





『放っておいてよ。別に狗巻くんに関係ないでしょ』

「おかか!すじこ!明太子!」

『あーはいはい、明太子』

「高菜!」




適当に答えると怒られた。けど本当に時間がない。一刻も早くお金が欲しい。大金じゃなくていい。ただ引っ越せるだけのお金が。




『……狗巻くん、いい加減にして』

「おかか!おかか!」

『…………さっきからおかか、おかかうるさい』

「明太子!」





本当にムカついてきた。なんなのコイツ。何がしたいの。自分勝手過ぎないか。だから男は嫌いなんだ。偉そうに言うことを聞かなければすぐに暴力。何様だ。




『……もういい』

「すじこっ!」

『触らないでッ!』




隣を通り過ぎようとした時、腕が掴まれて反射的に振り解くと狗巻くんは目を見開いて悲しそうに目を細めた。





『ッ、……もう、いいでしょ、』






彼から視線を逸らして足早に職員室を目指す。中に入ると五条先生が私に視線を移した。





「さっきのは酷いんじゃない?」

『……見てたんですか』

「うん。職員室から門は見えるからね」

『………任務に行かせてください』

「棘は本気で名前を心配してるんだよ」

『……頼んでません』

「頼む頼まれるの話じゃないでしょ」

『今そんな話どうでもいいです。任務に行かせてください』

「駄目」




ハッキリとした拒絶にグッと唇を噛む。この人は私の事が嫌いなんだろう。私だって男は嫌いだ。






『…なんでですか』

「傷も治ってないし、名前弱いから」

『……3級まで祓えるようになりました』

「そっちの弱いじゃない。僕が言ってるのは心の方だよ」

『はァ?』




五条先生はトントンと自分の胸を人差し指で叩きながらそう言ったけど、意味が分からなくて眉を寄せる。漫画の読みすぎだ。心が弱いってなんだよ。





「名前は呪力を一定に保つ事すら出来てない。心の揺れが大きすぎる」

『……本当にその理由ですか』

「ううん。違うよ。本当の理由は君が死に急いでいるから」

『誰も死ぬつもりなんてないですけど』

「名前にはそのつもりが無いかもしれないけど、周りから見たらそう見えるんだよ。焦りすぎ。もう少しゆっくりでいい」

『………そんな悠長なこと言ってられない、』






アイツらは死んでない。懲りずに必ずやってくる。逃げる手立てがない今、とにかく距離を取るしかない。どこだっていい。できるだけ遠くに。





「まだ傷も癒えてないからまだ時間はあるよ」

『どうしてそう言いきれるんですか?もしアイツらが今日病院を襲ったら?人を殺したら?…私の母が殺されたら?…先生はそれでも焦るな、ゆっくりって言うんですか』

「うん。僕はヒーローでもなければエスパーでも超能力者でも無い。ただの呪術師で君の先生だから」

『………アンタの考えはよく分かりました』





急激に頭が冷えていくのが分かった。あぁ結局この人も他人だ。先生なんてただの他人。私の事なんて見てない。救ってくれない。





「名前」

『失礼します』





先生の声を無視して職員室を出る。その足で病院を目指す為に門を目指しているとまた彼が私の前で両手を広げた。





『……それ、ブームなの?』

「高菜!」

『だから分からないって』




何を言いたいのか分からないから無視して隣を通ろうとすると無駄に早い動きで先回りされた。





『私忙しいの』

「すじこすじこ!」

『……』




ポンポンと自分の胸を叩く狗巻くんに首を傾げると彼は少し慌てたようにスマホを取り出して何かを打ち込むと私に見せた。



『……手伝う?』

「しゃけ!」

『私が何しようとしてるか分かってるの?』

「……」

『分かってないのに手伝うとか言わない方がいいよ。もし人を殺そうとしてたらどうするの』

「す、…すじこ!」

『それは止めるんだ』

「しゃけ!」





流石に人殺しは手伝わないか。まぁ、そうだよね。別に私も殺すつもりはないけど。





「高菜!明太子!」

『………』




その後も狗巻くんは手伝う、話して、無理しないで、ひとりで抱え込まないで、とスマホに打っては私に見せた。




『なんで狗巻くんは私に構うの』

「おかか?」

『駄目じゃないけど…、意味がわからない』




狗巻くんは考えるように眉を寄せるとさっきまで打って変わってゆっくりとした手つきで文字を打って私に見せた。その言葉に目を見開いた。



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