やめるとき、いなくなるとき
『伏黒くん、血が…!』
「オマエ程じゃ無い」
『そっ、そうかもしれないけど…!』
名前の周りには真っ赤な水溜まりが出来ていて、伏黒の靴も濡らしていた。呪霊が伏黒の出した大蛇からその小さな手を離した瞬間、姿が消えた。
「……は、消えーーーガァッ!」
『伏黒くん!!』
呪霊が伏黒の目の前に瞬間移動とも感じれる速さで現れて首を掴み持ち上げる。そのまま渡り廊下の中間にあるコンクリートの柱に伏黒を叩きつける。
「ガッ…!」
『伏黒くん…!!』
伏黒はズルズルと座り込んでポタポタと額から血を流す。そして呪霊はグルンと振り返ると名前を見つめた。
『や、……だ、』
「キイテ…、キイテヨ…、ヨンダンダカラ、キイテ…、」
『来ないでぇっ…!』
「……に、げろ、」
悲鳴にも似た声に伏黒が小さく言葉を零す。けれどその声が名前に届く事は無かった。
『来ないで…!!やだぁ!!』
「ヨンダ?……ヨンダ、…キイテ、」
『なんのっ、…はなしっ、』
名前は声を震わせながら必死に残った右足で体を後ろに下げようと地面を蹴るが、後ろには渡り廊下を支えている支柱があり、距離を取ることは出来なかった。
「鵺!!」
伏黒の声がすると呪霊の頭に鵺の翼が当たり、呪霊は体勢を崩した。伏黒は血を流しながらゆっくりと名前の前に立って背を向ける。
『…伏黒、くん…、』
「……助けるって、言っただろ、」
『………』
けれど伏黒が苦しそうな声を出すと鵺は消え、呪霊はまた嬉しそうにケタケタと笑う。その笑い方があまりにも子供の様で名前は眉を寄せた。そして伏黒の制服は血で汚れ制服に赤みが加わっていた。
『……グッ、』
「…何してんだ、」
『……伏黒くん、』
「なんだ、」
『………ごめんね、』
名前は壁に柱に背を預けて片手片足に力を込めて立ち上がる。伏黒は手を伸ばそうと腕を上げた瞬間、胸元に痛みが走って体が空中に浮かんだ。
「……は、」
『………助けてくれて、ありがとう』
伏黒は直ぐに名前に突き飛ばされたのだと気づいた。慌てて手を伸ばすが伏黒の体は渡り廊下の隣にある木に吸い込まれた。
「ッー!」
ガサガサと不愉快な音が近くで聞こえて細い枝が時々体にぶつかって折れる。背中に小さいとは言えない衝撃を受けて伏黒は一瞬呼吸を止める。
「ハァ、……ハァ…、」
伏黒は荒い息を落ち着ける事すらも忘れて空をじっと眺めて、さっきの名前の言葉を思い出していた。
ーーー助けてくれて、ありがとう
暗くなる視界の中、伏黒はギリッと唇を噛み締めて立ち上がる為に体に力を入れるが、体は動かず段々と視界が狭くなる。
「……何もっ、助け、られて、無いだろっ…、」
伏黒は気を失う直前まで、脳裏には恐怖に溺れながらも嬉しそうに笑っていた名前の笑みが消えることは無かった。
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『…ハァ、ハァ…、』
名前は壁に背を預けながらズルズルと座り込むと諦めた様に眉を下げてフッと自虐を含めて笑った。
『…………ねぇ、神様、私結構良い子だったと思うんだけど』
名前はボロボロと涙を流しながら目の前の小さな男の子の形をした呪霊を真っ直ぐと見ながら乞うように言葉を紡いだ。
『……犯罪も犯してなければ、校則もそこそこ守ってたよ?あんまり人にも迷惑かけないように生きてきたし、人を傷つけないように生きてきたよ』
左腕で右肩を抑えながら壁に頭を預けて空を見上げると、思ったよりも雲が少なく星空が見えた。
『………だから、……だから、伏黒くんだけでも、助けて下さい、…お願いします、』
名前がそう言ったのと同時に呪霊が持っていた鎌が名前の喉元に突き付けられ血飛沫が飛び散った。