時おり呪いが透きとおる(完)

「と、いうわけで名前退学ね」

『…………まぁ、仕方ないですね』




10月の中旬、あの騒動から数日後私は五条先生に呼び出され、退学通知が下された。仕方ない、犯した罪は軽くない。




「ーって上からは言われたんだけど、僕が白紙に戻したよ!」

『………………なんで?』

「なんで!?そこは喜べば!?」





私が首を傾げると五条先生はサングラス越しに目を見開いていた。本当に目大きいなこの人。ムカつく。




「今回の事は、訓練がエキサイトし過ぎたってことで方が付いたよ」

『…………嘘ですよね』

「うん。嘘だよ。名前はこれから罰としてキツめの、本当にキツめの任務をこなしてもらうことになった」

『任務と称して私を殺すため、ですか』

「そうだね。上は君が反逆者になるんじゃないかってビクビクしてるよ。まぁ特級レベルの力を持つ名前が反逆者になったら困るからね」

『五条先生が居ればなんの問題も無いと思いますけどね』

「あら、嬉しいこと言ってくれるわねー!」

『触らないで下さい』

「え、冷た」



頭を撫でようとした五条先生の手を払って、フーンとそっぽを向く。まだあの人を殺したことを完全には許せない。…………まぁ、仕方なかったのかもしれないけど。あの人悪人だから。





『………とりあえず死なないように頑張ります』

「そうだね。名前が死んだら今度こそ君は呪霊になる。その体には恵の呪いがバッチリかかってるからね」

『…………』

「はいそこー。嬉しそうにしないー!」





別に、してませんけど…、…………ちょっとしか。





「それに名前には残ってるはずだよ。やることが」

『やること……?』



私が首を傾げると、五条先生はニヤリと笑った。うん、とても嫌な予感がするいい笑顔。





「……………でぇ?説明してくれるわよね?名前」

『………野薔薇、あの、ですね、』

「遺言はそれでいいのね?」

『まだ何も言ってない…!』




私は野薔薇や虎杖くん、先輩達に囲まれて教室の真ん中で正座させられていた。ちなみに教室は臨時教室。ほら、あの、壊しちゃったから。





「先輩に歯向かったこと忘れてねぇよなぁ?名前?」

『ま、真希さん…、』

「いくら!すじこ!明太子!!」

「そうだな。棘なんて瞬殺だったもんな」

「おかか!」

『その、…………………すみませんでした、』






私が見事に綺麗な土下座を披露すると、野薔薇がバンッと足を鳴らした。床が抜けるかと思った。




「………それは、何に対しての謝罪?」

『え?そりゃあみんなを傷付けたこと……』

「ちっがあぁぁぁあう!!!」





野薔薇はまたダンッと床を鳴らすと、上体を折って私の顔を覗き込んだ。




「………違うでしょ。馬鹿」

『………え、えっと、…えっと、』

「……駄目だ野薔薇。コイツ分かってねぇ」

「ここまで来ると、いっそ腹たってきたわ」

「あのなぁ、名前俺たちが怒ってるのは傷つけられた事でも、学校を壊された事でも無いの」





パンダ先輩はそう言うと、隣にいた狗巻先輩がウンウンと頷いた。だって他に怒る理由ないですよ?




「名前、」

『は、はい!』




野薔薇は片膝を付いて私の肩に両手を置くと、バッと顔を上げた。





「なに死のうとしてんだ!!!」

『………………………へ?』

「馬鹿だとは思ってたが、ここまで馬鹿だったとはな。流石の私も思わなかったよ」

「そうよ!!本っ当に馬鹿!!いいえ!アンタは馬鹿じゃないわ!!……馬鹿よ!!」

「釘崎…、それはただの馬鹿では…?」





やっと口を開いた虎杖くんを見上げ、視線が合うと虎杖くんは少し頬を染めて頬を掻きながら視線を逸らした。……やっぱり虎杖くんも怒ってるの …。





「アンタはもっと自分を大切にしなさい!!」

『…でも、わた、』

「私なんかがって言ったらマジでビンタするわよ」

『ヒィッ…!』




野薔薇のドスの効いた声に悲鳴を上げると、野薔薇は唇を噛んで瞳に涙を浮かべていた。なんか、私は野薔薇を泣かせてばっかりだなぁ。





「私の親友を悪く言うことは、例え本人でも許さない!!」

『……………』

「何驚いた顔してんだ」

「名前は本当に自己評価が低すぎるんだよなぁ」

「しゃけしゃけ」

「まぁ、そこも苗字の良いところなんだろうけどな…。でも自分のことはもう少し大事にしろよ」




本当に私は馬鹿だなぁ。こんなに大切にされていることに今気づくなんて。





『……っ、…、』

「…もぉ!何泣いてんのよー!」

「そう言う野薔薇も号泣だけどな」





野薔薇に抱きしめられて子供のように大声をあげて泣くと、野薔薇もつられたのか子供のように泣いていた。




『…ごめっ、ごめんねっ、』

「違うでしょー!馬鹿ー!」

『うぅ〜…、ありがとうっ!!』

「どういたしましでぇー!!」

『先輩たちもごめんなさいっ!!ありがとうございまずぅー!』

「……汚ぇ面だな、」





真希さんにぐしゃぐしゃと撫でられて更に涙腺が崩壊した。なんなんだ高専の人達は。優しさの塊じゃないか。みんな前世はバファリンだったんだ。





『虎杖くんも、ごめんね、』

「えっ!?…いやっ、へいきっ!へいき!」




顔を赤くして右手をブンブン左右に振る虎杖くんに首を傾げていると教室の扉が壊れるんじゃないかってくらい強く開かれた。音が大きくて耳が痛い。





「……………」

「あ、名前専用セコムが来たわ」

「…………………虎杖、」

「へ!?伏黒怖いよ!?どうした!?」






伏黒くんは教室に入るなりいつもの倍以上の怖い顔で虎杖くんの胸倉を掴んでいた。なんで?





「…………………忘れろ」

「……へ?」

「忘れろ。忘れなければ俺がオマエの頭をぶん殴って無理矢理忘れさせる」

「忘れた!もう忘れたから!」





虎杖くんの答えに伏黒くんは納得したのか手を離すと私に右手を伸ばした。それを掴むと立ち上がらせてくれた。足が痺れてる。懐かしい痺れだ。




「…………なぁ、恵」

「なんですか真希さん。俺まだ狗巻先輩と話つけてないんスけど」

「………高菜!?」

「はい。苗字に抱きしめられてたでしょ」

『あれは私が…!』

「……」




私が狗巻先輩を庇おうとすると伏黒くんは私を睨んだ。これはあれだ。嫉妬に火をつけてしまった。でもあれは本当に私の暴走だ。………伏黒くんの目が怖い。多分心の中で庇ったのも気づかれてる。





「棘のことより、恵オマエ呪われてるぞ」

「はい、知ってます」

「…はぁあぁ!?伏黒呪われてんの!?なんで!?いつの間に!?アンタ任務なんて行ってた!?」

「伏黒おぉお!!死ぬな!今すぐ五条先生に話して解呪してもらおうぜ!」

『………………あの〜…、』

「なによ!今は伏黒の呪いが…!」

「大丈夫です。呪ってるのコイツなんで」

『……………』





伏黒くんが拳を作って親指だけで私を指すと、みんなは壊れたブリキのおもちゃのようにギギギと私を見た。私は小さく肩を縮こませて右手を上げる。





『………呪ってるの、私なんです』

「「「はぁぁぁぁあああぁぁぁ!?」」」

「うわ、うるせぇ」




みんなは理由を説明しろと私たちに詰め寄った。その際にも私を背中に隠す伏黒くんは流石だ。多分、虎杖くんと狗巻先輩を近づかせない為だ。






「は、はぁ!?なによそれ!なによそれぇ!?」

「呪いを知らない一般人ならまだしも…。呪術師が呪い合うか?普通…」

「名前は元々呪霊使いだったからなぁ。呪われてるのも気づけなかったなぁ」



野薔薇や真希さん、パンダ先輩の言葉に私は居心地の悪さを感じていた。でも伏黒くんは何とも思ってないのか半目でただただ突っ立っていた。





「苗字さーん!」

『あっ、すみません!すぐ行きます!』





教室の扉から顔だけ出した補助監督に任務があったことを思い出して慌ててみんなに声をかけた。





『すみません!私任務行ってきます!』

「帰ってきたら細かく話聞かせてもらうわよ!」

『うん!』





野薔薇に笑って答えて廊下に出ようとした時、伏黒くんも何故か一緒に廊下に出た。



『……伏黒くんも任務?』

「いや、俺はしばらく休みだ」

『……………………申し訳ありません』





私がさせた傷のせいなのは明確で、家入さんに治療はしてもらったみたいだけど、まだダメージはあるらしい。ちなみに私はさとるくんのおかげで全快している。





「門まで送る」

『じゃあ、お願いしようかな』

「……………変わったな」

『変えてもらったんだよ。伏黒くんに』






前の私なら遠慮してたんだろうな、なんて思うけど伏黒くんならどんな私も受け止めてくれるから安心して自分がさらけ出せる。





「苗字」

『ん?』




顔を上げると顎が掬われて唇が重ねられる。前ならすぐに離れたのに、伏黒くんの唇は啄むように角度を変えて重ねられる。





『…ん、…ふ、…しぐろ、く、』





少しずつ体重がかけられて後ろに下がると、背中に壁の感触がして、やってしまった、と気づく。





『ぁ、……んっ、…ふし、ぐろく、』

「…ん、」





壁に手をついた伏黒くんの腕に縋り付くと、最後に唇に吸い付いてから伏黒くんはゆっくりと離れた。





『………、』

「虎杖が最後なんて有り得ねぇ」

『うぅ…、ごめんなさい…、』

「許さねぇ」





伏黒くんは私の額を指で弾くと私の手を取って指を絡めて歩き出した。





「……晩飯待ってる」

『………それで許してくれる?』

「いや許しはしない」





即答の伏黒くんに苦笑を浮かべると、伏黒くんは前を見たまま言葉を紡いだ。




「これから時間をかけて償ってもらう」

『………そうだね。時間はたっぷりあるもんね』





私達はこれから離れたくても離れられないし、離れる気も無い。ずっと一緒にいるんだから、少しずつ私と同じで重たすぎる彼に償っていこうかな。



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