くるしいから魔法じゃない
『…えぇっ!?何!?何で扉が勝手に壊れたの!?』
「少し黙ってろ!」
『はい!!』
玉犬が吠えてから直ぐに扉と辺りの壁が破壊されて伏黒は体勢を低くして戦闘態勢をとる。しかし名前には呪霊が見えておらず何故扉が壊れたのかが分からず大声を出すと伏黒の低い牽制に恐怖を感じて口を閉じて右手を真っ直ぐに上げた。
『………………あれ?』
「………は?」
右手を上げた名前の手首からたらりと何か温かいものが流れて視線を上げると、その温かいものは手首を通って肘、そして肩を真っ赤に染めていた。
『………わたしの、手は?』
突然の事にダラダラと流れる血液に名前はじっと見つめる。するとグッと腕を引かれて無くなった手の上にある手首に伏黒の手のひらが巻かれていた。その手には痛い程の力が加わっていて名前の手首を1周する程大きな伏黒の手が流れ続ける血を止めていた。
『………ねぇ、伏黒くん、』
「なんだ!」
『…………呪いだっけ?』
「今はそれより血を止めるのが先だ!」
『……………呪い、見えちゃった、かも、』
名前の視線の先には小学校高学年位の背丈の男の声が不気味な程楽しそうに笑って真っ白な肌に、まるで作り物のような真っ黒な目、その瞳に白い部分は無くタラタラと真っ赤な液体が流れ落ちていた。
『……もしかして、私の右手って、あの鎌で切られたの…?』
呪霊の右手にはホームセンターで売っている様な鎌が握られていた。そしてその鎌は名前には見覚えがあった。
『……あの鎌、学校の行事の草取りで使ってたやつ…、呪いって武器使うの?』
「……違う、……あれは、俺達で遊んでるだけだ…」
絶望を含ませている伏黒の言葉に名前は呪霊から視線を逸らして伏黒を見つめた。伏黒の表情は苦しそうでどうやってこの状況を脱げ出すか、 考えているのか会って間もない名前にも分かった。
『……伏黒くん、勝てる?』
「………………多分、」
この言葉だけ聞けば可と取れる回答だった。しかし伏黒の答えは否だった。どう足掻いても一級ーー、特級レベルになったこの呪霊には勝てない。その事に伏黒は気付いていた。
「(…………多分、……いや、確実に勝てない)」
『伏黒くん、もういいよ。リボンで縛るから、手放してもらって平気』
「あ、あぁ…、」
名前は自身の制服のリボンを抜き取って無理矢理右手首に縛り付けると未だに楽しそうに笑っている呪いを見やる。
『……見た感じ足遅そうだけど…、逃げられるかな…?』
「……逃げられるか、じゃねぇ。逃げるぞ」
『…………うん!』
「……俺が合図したら走れ」
『伏黒くんは?』
「オマエの後を追う。何処でもいい。とにかく逃げろ」
『…わかった!』
伏黒は大きく玉犬に「行け!」と指示を出すと二匹は特級に噛み付いた。その瞬間に伏黒は名前に「逃げろ!」と声を荒らげる。その合図に名前は走り出して呪霊が居る方では無い扉から飛び出す。
「振り返るな!真っ直ぐ走れ!」
『うん!』
すぐ後ろから伏黒の声がして名前は安堵の息を吐きながら速度を上げる。名前は階段を駆け上がり2階にある渡り廊下を目指す。
『渡り廊下からなら外に出られるかも!』
「2階だろ!?」
『大丈夫!木があるから!』
ガラスで出来た扉を乱暴に開けると渡り廊下が広がっていて、名前の言った通り、通路のすぐ隣に木が生えていて上手く捕まったり飛び乗れば怪我も無く外に出れるようだった。
『伏黒くん!早く!』
「お前が先だ!」
『私は…!』
名前が口を開こうとした瞬間、ヒュンと小気味いい音が響いた。名前と伏黒は瞳を大きく開き、とある一点を見つめていた。
「キイテ…、キイテヨ…、ボクに、ボクは、」
『………ちょっと、待ってよ…、』
「……オマエ、……右腕が…、」
名前の右肩から先が綺麗に切り落とされていて、名前の足元には自分の右手首から肩までがゴトリと音を立てて落ちた。
『………人間って、ここまで来ると、痛み感じないの?』
「そんなこと言ってる場合か!!……ガァッ…!」
『伏黒くん!!』
名前を見ていた伏黒を呪霊は渡り廊下で繋がっている別館の方へと殴り飛ばした。一瞬で姿を消した伏黒に名前は慌てて振り返って伏黒の名前を呼ぶ。
『伏黒くん!!』
「クソッ…!」
額や頬から血を流す伏黒に名前は慌てて駆け寄ろうと足に力を入れた瞬間にガクリと体が崩れ落ちて床に左手を付く。すると左手からビチャリと音がした。ゆっくりと視線を落とすと辺りには血溜まりができていた。
『…………は、』
血溜まりの原因を探るとすぐに見つかった。原因は名前の左足が消えていたからだった。正確には消えたでは無い。切り落とされていたからだった。
「キイテ…、キイテ…、」
『……ぁ、………は、』
名前はボロボロと涙を流してカチカチと歯を鳴らしながら呪霊を見上げる。けれど呪霊は名前と相反してとても楽しそうに笑っていた。
「大蛇!」
伏黒の声が聞こえたのと同時に大蛇が呪霊に噛み付いたが、呪霊は大蛇を掴むと地面に叩きつけて大蛇の首元をその小さな手のひらで押さえつけていた。伏黒は名前の前にしゃがみ込むと守る様に左手を上げる。
『…伏黒、くん、』
「……オマエだけでも、助ける、」
『………』
伏黒の言葉に名前は瞳を見開いた