甘く、とろけるような

『…あ、そろそろ本当に時間が無いみたい。伏黒くん早く始めよう』

「オマエが俺に近接戦で勝てると思ってるのか」

『だから勝てる勝てないじゃないの』




私が一気に距離を詰めると、流石にやる気を出してくれたのか伏黒くんは体勢を低くして拳を構えた。私は右手を握りしめてそれを隠す様に体を捻る。



まぁ、誰も肉弾戦≠ネんて言ってないんだけどね




『伏黒くんっ、』

「………」

『ーー動くな』





目の前で呪いを乗せて呪言を放つと伏黒くんは体をユラリと揺らして前かがみに倒れた。





『ーっ!?』





そのはずだったのに、地面に手を付いて私の脇腹に蹴りを入れた。知ってる。それ虎杖くんの卍蹴りでしょ。なんで伏黒くんが使ってるの。





『ガッ…ッ、』




脇腹を抑えて伏黒くんを睨むと、伏黒くんは何でも無いように立ち上がって私を見据えた。どうせ虎杖くんと組手でもしたんじゃないの。私が任務の間にでも。






『………ペッ、』

「汚ぇな」

『うるさい』





地面に唾を吐き出すと殆どが血だったのか真っ赤だった。確かに汚い。けど口の中にあると、うぇえってなるじゃん。





『…………伏黒くん、式神使わないの?』

「使わねぇ」

『私なんかじゃ使うまでも無いって?何それムカつく』

「違ぇ。俺はオマエを殺すつもりねぇし傷つけるつもりもねぇ」

『いい蹴り入れといて説得力無ぇ!』





私が大口を開けて笑うと伏黒くんは少し驚いたように目を見開いた。そしてゆっくりと瞼を閉じて、ゆっくりと開いた。その瞳には迷いは無くなっていた。いいね。そうこなくっちゃ。





「………式神出さなくても気が済むまで相手してやるよ」

『それも魅力的な提案だけど、私はあんまり時間無いの。早く終わらせよう』






私が今度こそちゃんと襲いかかると伏黒くんは躱して私の私の首元目掛けて手刀を落とそうとする。本当に甘い。




「グッ…!」







伏黒くんのお腹に蹴りを入れると少し体勢を崩すだけですぐに私に拳を放った。大丈夫、伏黒くんの組手は見てる。だいたい分かる。





『ーー動くな』

「ーっ、」




流石にお腹に衝撃を受けた瞬間は身構えられなかったのか綺麗に呪言が通った。呪言って相手に聞くとスカッとしてとても気持ちがいい。

私は地面に膝を付いたまま動けない伏黒くんの前に膝を抱えてしゃがみ込んで首を傾げて顔を覗き込むと、彼は首だけを少しだけ動かして私と唇を重ねた。





『…………』

「……………」






伏黒くんはゆっくりと離れると今まで一度も見たことが無いくらい優しく笑った。それが予想外で私は面を食らったけど、すぐに津美紀さんと私を重ねたんだなって分かった。死ぬ前の走馬灯に近いんだろうな。





『……満足出来た?』

「……あぁ、」

『殺すつもりは無いけど多分、死ぬほど痛いよ』

「………別にいい」

『ーーぶっ飛べ』






伏黒くんはまだ壁が残ってる校舎へとぶっ飛んで頭から血を流して項垂れる様に気を失った様だった。伏黒くんはよく頭から血を流すなぁ。





『さとるくん、おいで』

「………………恵は」

『心配しなくても死んでないですよ。にしても無傷ですか。最強の名は伊達じゃないですね』

「ゴめんねっ、ごめんねッ、殺せなかっタ!殺せなかったァ!」

『うん、いいよ。ありがとう私の為に戦ってくれて』






私が撫でるとさとるくんは少し落ち着いたみたいだった。無事で何より。祓われなかっただけ上出来。まぁ祓う事なんて出来ないんだけど。






「まぁ、これで自由に戦えるわけだけど。……僕に勝てる勝算あんの?」

『…そうですねぇ。……………あ!伏黒くんを盾にするなんてどうでしょう!死ななければ伏黒くんを殺す!みたいな!』

「…………名前、」

『はい?』

「呪術師はイカれてないと出来ない仕事だ。普通の人じゃあ耐えられるわけがない」

『知ってますよ?』

「けど、名前のイカれてるは超えてはいけない<Cカれてるなんだよ」

『はぁ…?』





私が首を傾げながら溜息と頷きを同時に吐き出すと、五条悟は伏黒くんに視線を移した。





「どうして自分を愛してくれる人を簡単に殺そうとする?愛に飢えてる君が」

『愛してくれる人…?』

「…………は?」




五条悟が何を言っているか分からなくて首を更に傾げると、彼は目を見開いて驚いていた。いやいや、その顔したいの私だよ。何言ってるの?





『私を愛してくれる人なんている訳ないじゃないですか。こんな醜くて醜悪で、汚い私なんて。アナタの方が余っ程愛されてますよ。クズで最低だとか言われてますけど、アナタの方が余っ程周りに愛されてる。羨ましい』

「…………………」

『私だって愛されたいです。でも私なんかを愛してくれる人なんていないんだから仕方ないじゃないですか』

「………………名前は自信が無いんだね」

『だって私のどこを見て自信が持てるっていうんですか。私なんて本当は存在しちゃいけないんです。伏黒くんだって、私の事を愛してなんていなかった。拒絶されて分かりました。』






八十八橋で彼は私に帰れって言った。あの時の私は頼って欲しかった、一緒に居てくれって。話して欲しかった。でも、彼は私より彼女≠選んだ。でも仕方ない。仕方ないよ。






『やっぱり私は伏黒くんの何にもなれはしない。でも仕方ないんです。だって相手が私だから。』




愛情を求めることは悪いことじゃないと思う。でも行き過ぎる愛の欲求はただただ人を苦しめる。そして自分も苦しむ。
愛して、愛して、愛して、その言葉を繰り返す度にそれは呪いに変わる。愛を求める私は害でしかない。呪霊以上の害悪。





『そんなことよりさっさと私を殺さないと私が殺しますよ。あなたの大切な生徒』

「………」

『それともまずは同期の家入さんから殺しましょうか。多分この騒ぎでどこかに逃げちゃったと思うんですけど』

「…………」

『………それとも、適当に一般人でも殺しま、ガァっ…!』





多分顔を殴られた。多分だけど。早すぎて見えなかった。しかも多分校舎に突っ込んだのか背中が痛い。全部多分の話。だって全然見えなかった。




『グェッ…ッ!ゴホッ、…ブゥォエ…ッ!………うわっ、…ゲロの中に…、血混じってる…っ、てか、殆ど血じゃんっ、』





ボタボタと口からは吐瀉物と血が混じった汚いのが流れるし、頭のどこかが切れたのか血がどんどん流れてくる。伏黒くんを馬鹿にできない。





『…………』





顔を上げると視界が歪んでいた。多分殴られた左頬有り得ないくらい腫れてる。ちょっと口を開いただけで左の頬のお肉噛みそう。血の味がする。気持ち悪い。




『ハァ…、ッ…ハッ、』






死にそう。ていうか殺されそう。目の前の五条悟に。めっちゃ怒ってたな、五条悟。育ちが悪いのが出てた。ヤンキーみたいだったもん顔が。





「………最後に、何か言いたいことは?」

『………お願いがあるんだけど』

「なに?」

『…私を、あの人と同じ様に殺して。あの人と同じにして。私を、……あの人と同じところに逝かせて』




私が両腕を五条悟に伸ばしてお願いすると、五条悟は私をただ見下ろした。





「………いいの?左殆ど無くなるよ?」

『いい。それがいいの。あの人と同じなら何でも』

「死ぬほど痛いよ」

『どうでもいい。あの人が感じた痛みを感じられるならそれでいい。だからお願い、あの人と同じように、』




私が両腕を上げたまま瞳を閉じようとした時、私の腕が白い2つの腕に掴まれた。さとるくんだ、




「愛してっ、アイシテッ、愛してッ、アイシてっ、あいシてっ、愛してあいしてアイシテ愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して」

『…………さとるくん、』




私が腕を下ろすと私の首に巻きついたさとるくんは何度も何度も愛してと繰り返した。





「…………その呪霊の呪力が尽きなかった理由が今わかった」

『………………バレちゃいましたか。お恥ずかしい』

「名前の自己嫌悪と自己憐憫。そして何より、愛されたいという願望と愛されないという絶望。名前が満たされることないこのふたつがこの呪霊の正体だね」

『……………私とさとるくんは一心同体。乙骨先輩みたいにさとるくんを呪う必要も無い。私達は2人で1人だから』

「愛してっ…、アイシテッ…、アイシテヨっ、」

『……………もういいよ、さとるくん、もう、やめよう、………ありがとう、』

「…愛、シて、」





さとるくんはスーッと消えると、私は五条悟を見上げた。もう身体中が痛いんだから、さっさと私を神様の元へ逝かせてよ。大好きなあの人の元へ。会いたい。早く、神様に。ずっと会いに来てくれるのを待ってた。でもあの人は来なかったんじゃない。来られなかったんだ。仕方ない。死んじゃったんだもん。





『…殺して、あの人と同じように、』

「…………名前、オマエ、」





バレちゃった。私の本当の狙い。でもまぁ、いいや。もう何でも。今の私はあの人に会える喜びの方が大きいから。身体中は痛いし、さとるくんは戻っちゃったし、独りぼっちで寂しいけど最っ高の気分。





「……………全部、名前の筋書き通りだったってワケね」

『……………えへっ、』

「最初から僕≠ノ殺されるつもりだったんだね。だからわざわざ僕が高専にいる今を狙ったんだ」

『………本当は、何人か殺してからにしようと思ったの。だって、あの人はきっと地獄にいるはずだから。私もそこに逝きたい。でもアナタが居ない時に誰かを殺しても、それじゃあアナタが来てくれるか分からなかったから。アナタが遠くの任務に行ってたら他の呪術師が来ちゃうでしょ。だから変な小細工は止めた』

「……………ねぇ、名前」

『なに?』

「どうして、こんなことしたの。」

『…?答えたはずですけど…』

「違う。その元凶の話。少なくとも数日前は恵と幸せそうに笑ってたでしょ」

『………………』





私はフッと息を吐き出して笑うと、彼は少し驚いていた。私は笑ったまま顔を上げて五条悟の目を見て真っ直ぐに答えた。






『……死んでも言わない。私はこれ以上私を嫌いになりたくないから』




私がそう答えると五条悟は、小さく頷いて「……そう、」と言った。私はもう一度お願いをした。これが本当の一生のお願い。…なんてね。





『殺してよ。あの人と同じように、』

「…………………嫌だよ。同じ殺し方なんてしてやんない」

『…………意地悪だなぁ。……………なら、私も最後に意地悪しちゃおうかな』

「今の君に何が出来るのか見ててあげるよ」




私は肩の力を抜いて、右手を彼に伸ばした。



『五条先生、』

「……………、」

『……………………今度はしくる≠ネよ、悟』

「………………あぁ、今度こそしくったり≠オない」

『…………』





私はゆっくりと瞼を閉じてその時を待つ。同じ死に方は出来ないけど、私はアナタの元に逝けるかな…。逝けなくてもいいよ。必ず会いに逝くから。



だから、その時はまた、私のことを見て、気持ち悪ぃなって、笑ってね。





甚爾さん、





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