誘惑のスイートタイム
『消えろ、消えろ、消えろ』
ただ淡々と呪霊を祓っていると、後ろから特別大きな呪力を感じて振り返るとさっきまでとは格段に違う呪霊が現れた。
『………………あはっ、』
強いのが出てきてくれないとさとるくんの出番が無いじゃない。
「……苗字、さん、」
『はい?』
「……いっ、いえっ、高専までっ、送りますっ、」
『………』
補助監督の人は私の姿を見た途端顔を青くして手を震わせて車の扉を開けた。何となく気になって頬を拭うとベタっとした。手を見ると呪霊の血が付いていてそこで気付いたけど身体中血だらけだった。でも返り血だし、まぁいいかなんて思ってたら、だからこの人はこんなにも怯えていたのかと気付いた。確かに返り血だらけの女子高生がニコニコしてたら怖いか。まぁどうでもいい。
『いえ、私は歩いて帰りますよ』
「本当ですかっ?…いや、わかり、ました」
『……それではまた』
一瞬嬉しそうな顔をした補助監督は車で姿を消した。ひとつ言っておくけど、アンタの為じゃないから。
「猿どもなんかと同じ空間に居れるか」
『ーっ!?』
「って顔だね?」
突然声がして振り返ると、僧侶のような格好をした真っ黒な髪を靡かせた男が立っていた。誰この人。見た目は不審者なのに声が優しいからちぐはぐで気持ち悪い。
「私と少し話をしないかい?」
『………新手のナンパですか?』
「ナンパ?…確かにナンパに近いかもね。私は君に興味がある」
『知らない人について行っちゃダメって習いませんでした?』
「おっと、これは失礼。私は夏油傑 呪詛師だ」
『……誰ですか』
「私は高専では有名人だと思っていたんだけど…。自惚れだったか」
『誰ですか』
「夏油傑だよ。意外と執拗いね」
『うるさいな。私はアンタに聞いてんだよ。誰だよ、アンタ』
私が笑って睨み返すと、男は驚いたように目を見開いて大声で笑いだした。情緒不安定ですか?怖い怖い。
「そうだね、とりあえず今は♂ト油傑だよ」
『そうですか、それで?夏油さんは私に何の用ですか?』
「私と一緒に来ないかい?」
『…………それはコンビニとかに、ってわけじゃないですよね?』
私がそう言うと夏油さんは私に右手を差し出して、ニッコリと笑った。
「君も呪詛師にならないかい?」
『………勧誘ですか』
「本当は気づいているんじゃないか?さっき祓ったのが呪霊≠ナは無いことに」
『………さぁ?あの化け物が呪霊じゃないなら何ですか?妖怪ですか?ウォッチですか?』
「それはそれで魅力的だけど…、あれは人間≠セよ」
『正確には人間だった≠烽フでしょう?』
「やっぱり気づいているんじゃないか」
『流石に分かります』
「君の力は特級に並ぶ。その大きな力を自由に使いたくないかい?」
『…………』
夏油さんは私に1歩ずつゆっくりと近づいた。けれど私は何もせずにただ話に耳を傾ける。
「随分と楽しそうだったね。人を殺している間。高専じゃあ狭すぎる。君が自由に生きるには。」
『……自由なんて別に求めてませんけど?』
「そうだね、君が求めているのは、愛してやまないのは愛情≠セからね。愛情を愛してやまない。貪欲に終わりのない欲求」
『……………愛を求めるのはいけませんか』
「いいや。私は賛成だ。結局は人が求めるのは愛情だからね。人の根っこは誰だって愛情を深く求めている。君は人より少し貪欲なだけだ。なのに何故誰も理解してくれないんだろうね」
『何知ったような口聞いてるんですか』
「知らないし分からないよ。でも、」
夏油さんは私の目の前で止まると笑みを消して、ただ真っ直ぐに私の目を見た。この人の瞳はまるで深淵だなって思った。終わりのない、ただの暗闇
「私は他の奴よりは君のことが理解できると思うよ、名前」
そう言ってまた優しく笑ったこの人は本当にちぐはぐで気持ち悪い。
でも、それが私には酷く心地良い
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「名前」
『はい?』
任務から戻って身なりを整えて廊下を歩いていると五条先生に後ろから声をかけられた。呪術師は後ろから声をかける決まりでもあるのかな。私も次からはそうしよう。次があればだけど。
『なんですか?』
「………この間他の3人と任務に行った時何かあったの?」
『…またその話ですか』
「僕がしたのは初めてだけど?」
『そうですね。別に何も無かったですよ』
振り返って笑って言うと五条先生は眉を寄せた。夜だからなのか先生はサングラスだった。部屋の中なのに。拗らせてるなって失礼だけど思った。
「…………名前、少し僕とお話しようか」
『いえ、別に話すことなんて無いですよ。それに任務で疲れたので、……何故か特級がいたので』
呪霊じゃなくて、呪詛師でしたけど。
「……………名前」
『それじゃあ失礼します。おやすみなさい。…………あ、あと五条先生』
「………なに?」
『私ちゃんとイカれてました』
ほら、私、呪術師なんで。
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夜中のちょうど手前の頃、俺の部屋に誰かが尋ねてきた。こんな時間に誰だよと思ったが苗字だったら困るから素直に扉を開くと、五条先生が居た。
「五条先生…?」
「……恵」
どこか真剣な面持ちの先生は下げていた視線を上げて俺を見ると冗談を言い出した。
「名前とは別れた方がいい」
「……あの、今そういう冗談いいです」
「言い方を変える。別れろ」
「……先生、面白くないですよ」
「恵」
先生は扉を閉めようとした俺の手首を掴んでまた冗談を言った。この人も本当に面倒で執拗い
「名前が呪詛師になるかもしれない」
本当に笑えない冗談だ