月の海でなら裸足になれたね
羨ましかった。乙骨先輩に呪われる程愛されている里香さんが。
羨ましかった。呪ってしまう程人を愛せる乙骨先輩が。私だって誰かに愛されたい。
私だって誰かを愛したい。呪われてもいいから。呪ってしまう程、私を愛してよ。
『………………やっぱり、私は伏黒くんと付き合うなんて無理』
伏黒くんはあまりにも綺麗だから。私みたいな汚い愛情になんてきっと耐えられない。
『…きっと、私の重さに耐えられる人なんていないよ』
認めてしまえば楽だった。私は愛されたい。恋愛なんてと馬鹿にしている私が1番愛を欲してるなんて、滑稽過ぎて笑えない。
『………ごめん、伏黒くん、帰って欲しい』
「……嫌だ」
『………伏黒くんのワガママに笑ってあげられる余裕、無い』
「………帰らねぇ」
奥歯を噛み締めると視界が少し歪んだ。もう恥ずかしい、愛してほしいと泣くなんて小学生でもしない。…いや、小学生低学年ならするかも。お兄ちゃんばっかり、みたいな。そんな子供の癇癪
『っ、…もうっ、やだっ、私が泣くのっ、いっつも伏黒くんのせいっ、』
「…そうだな」
『伏黒くんっ、なんなのっ、なにがしたいのっ、』
「苗字と付き合いたい。釘崎が一緒に居たいなら付き合うしかねぇって」
それは野薔薇のいいなりって言うんだよ。伏黒くんの意見じゃないじゃん。伏黒くんの意思はないじゃん。本当にイケメンの無駄遣い、何にも分かってない。たった一言でいいのに、その一言が私を楽にしてくれるのに
「…苗字、」
『うるさいっ、放っておいてっ、』
「苗字、」
私は体を横に向けて必死に手の甲で涙を拭っていると黒い靴下が見えて、伏黒くんが私の目の前に移動してしゃがみ込んだんだって気付いたけど顔が見られたくなくて顔を俯かせると大きな両手で頬を包まれて顔が上げられた。信じられない、女の子が泣いてるのに顔あげるなんて。本当に女心分かってない。
「苗字、」
『さっきから苗字苗字うるさいっ、離してっ、』
顔を隠す為に必死に伏黒くんの手を離そうとするけど、顔も下を向こうとするから多分変な顔になってる。そしたら伏黒くんがまた呼ぶからいい加減にキレそうになったけど、それよりも衝撃すぎて目を見開いた。
「…苗字、」
『何回呼ぶのっ、苗字星人かっ、』
「………愛してる」
『………………………………………は、』
「俺は苗字を愛してる」
『……………………ば、ばかじゃないの、』
1番の馬鹿は私だ。その言葉ひとつで絆されそうになってる。心臓の辺りから何かが広がっていく感じがする。違う、こんなの違う、
『すきとかっ、あいしてるとかっ、馬鹿みたいっ、頭悪すぎっ、そんなの、なにになるのっ、』
「何にもならねぇかもな」
『ならっ、』
「でもそれでいいんだ。俺は苗字が好きで、隣に居られる」
『…わたしは、私には、何があるの、』
「俺が苗字を愛せる」
『………………』
なんで。伏黒くんには津美紀さんがいるんじゃないの。私は代わりなんて嫌。私は、
『………私を、愛して、くれる…?』
「あぁ」
『………私だけを、愛してくれる?』
「苗字だけだ」
『……………伏黒くんは、私の神様になってくれる?』
「なる。苗字だけの神様になるよ」
そう言った伏黒くんの瞳は私から逸らされることが無くて、自然と私も逸らせなくなる。そのまま伏黒くんが瞼を閉じるから長い睫毛が彼に影を作った。睫毛が長くてムカつくな、なんて思いながら瞳を閉じると唇に温かいものが触れて、ゆっくりと離れた。
ゆっくり瞼を開けると私の睫毛が伏黒くんの睫毛とぶつかって擽ったかったから、少しだけ唇を噛んだ。
「………」
『………………手が早い、クソ野郎、』
「…………うるせぇ」
頬に当てられた伏黒くんの手に自分の手を重ねるとじんわりとした温もりが気持ちよかった。久しぶりに触れた人の体温にまた鼻をすすると伏黒くんが少しだけ笑った。いつもだったら鼻啜ったら汚そうに眉を寄せるくせに。本当にずるい。
「…………付き合ってくれ」
『…………私を、愛してくれるなら、』
「なら、俺以外の適任は居ないな」
伏黒くんはそう言って額を合わせると、また長い睫毛を伏せて唇を重ねた。愛してくれた味は何処か塩っぱい味がした。