荒野にて君との時間
「あれー?みんな集まって何してんの〜?僕も混ぜてー!」
僕が任務から帰ってきて何となく食堂に寄ると、野薔薇と真希、パンダ、棘が集まって話をしていた。混ざろうと思ってスキップして近付くと何処か真面目な顔をしていたから、意外と真面目な話をしていたのかもしれない。ここは教師である僕の出番だ。
「なになに〜?悩み事〜?先生が聞いてあげるよー!」
「…五条先生ニヤニヤしてるから嫌です」
野薔薇にそう言われてショックを受けていると真希が至極面倒臭そうに説明を始めた。
「恵と名前をくっつけんだよ」
「…恵と名前?」
「五条先生もあの2人を見ててヤキモキしない?さっさとくっつけば良いのに…」
「しゃけしゃけ!」
「ん〜……」
野薔薇の言葉に僕が唸ると野薔薇は眉を寄せて僕を睨んだ。
「…なに?くっつけたくないの?…意外。そういう下世話な話好きそうなのに」
「ん?好きだよ。でも恵と名前だからね〜…」
「さっきから煮え切らねぇな。なんだよ」
名前はまだしも、恵は本気の出し方を知らないから。だからきっと名前を丸め込むのは無理だと思うけど。とは生徒達には言わなかった。
*******
部屋をノックされて扉を開けると伏黒くんが立っていて驚いたけど、とりあえず要件を聞こうと首を傾げた。
『伏黒くん?どうかした?』
「少し話がある。今時間いいか?」
『い、いいけど…、ここでする?それとも別の場所行く?』
「………………………ここでいい」
『ならお茶出すから座ってて』
凄く迷った末に伏黒くんは何故か眉を寄せて答えると、入るまでにも少し時間がかかったのか私がお茶を準備し終えたのと同時に床に座った。
『……それで、えっと、話って?』
「………………苗字は、」
『うん』
「……………………乙骨先輩が好きなのか」
『……………え?』
突然の質問に固まると伏黒くんは機嫌が悪そうに眉を寄せて私を睨んだ。まだ答えてもないのになんで睨まれてるのか分からない。
『……えっと、乙骨先輩?そりゃあ好きだけど…』
「それならなんでさっきそう答えなかった」
『…………答えてなかったっけ?』
伏黒くんはコクリと頷いた。そういえば答えてなかったかもと思考を巡らせた。
『さっきはみんなが何でか分からないけど慌ててたからつられちゃった』
「……………」
伏黒くんは何かを考え込む様に少し項垂れた。伏黒くんは今日、任務無いのかな。あったら私のところなんて来ないだろうけど、一応確認しておいた方がいいよね。
『伏黒くん今日は任務無し?』
「あぁ」
『そっか!ならゆっくりできるね!』
私の声にもあまり反応を見せない伏黒くんに本当にどうしたのかと心配になった。虎杖くんが居ない今、伏黒くんを元気づけられるのは私しかいない。
『伏黒くん!クレープ食べに行く!?』
「行かない」
『じゃあタピオカ!?』
「いい」
『パッ、パンケーキ!?』
「自分が食いたいだけだろ…」
確かにそれもあるけど、ちゃんと伏黒くんを元気づけたいって気持ちで言ったのに…。何処か元気がない伏黒くんの頭に手を置くとピクリと頭が揺れた気がした。
『…………疲れちゃった?』
「……別に、何もしてねぇ」
『何もしてなくても疲れちゃう時はあるよ』
「……………」
伏黒くんは小さくポツリと呟いた。その声があまりにも小さくて聴き逃しそうになってしまった。
「………オマエは、変わらないな」
『……………そう?私は高専に来れて結構変わったと思うんだけど…。それに私が変われたのは伏黒くんのおかげだよ。ありがとう、』
少し笑いながら言うと伏黒くんは頭を持ち上げたから、ゆっくり手を離すと宝石の様な瞳と視線が交わった。
「………俺は、苗字の隣に居たい」
『…………………私も伏黒くんとは一緒に居たいと思ってるよ?』
「そうじゃねぇ」
否定した伏黒くんの瞳は真っ直ぐで、真剣なのだとすぐに気づいたけど、私は笑みを浮かべて首を傾けた。
『違うの?私は伏黒くんの事も野薔薇のことも先輩たちの事も好きだよ。一緒に居たいって思う』
「……分かってるだろ」
『……………分からないよ、』
伏黒くんには、私の気持ちは分からない。私は恋愛なんてしたくない。誰かを好きになんてなりたくない。
『……そろそろ任務の準備しないといけないから、この話は任務の後でもいい?』
「その任務前に話を終わらせる為に来た」
『…………』
「お前また日本に戻って来ないつもりだろ」
『……………』
「それに、次の任務は乙骨先輩が居る」
『………乙骨先輩は関係ないんじゃないかな?』
「俺にはある」
伏黒くんはハッキリとそう言うと私を逃す気が無いのか、部屋から出で行こうとはしなかった。それに私が海外でそのまま逃亡しようと思ってた事もバレてる。流石に2回目は通じなかったか。私は諦めて重心を下に戻して立ち上がることを諦めた。
『自惚れだったら怒ってね』
「自惚れじゃねぇ」
『…………伏黒くんは、私が好きなの?』
「あぁ」
間髪入れず答える伏黒くんに鳩が豆鉄砲を食らった様な顔になってしまった。まさか彼が肯定するとは思わなかったから。
『……違うでしょ』
「……は?」
『伏黒くんは私なんかよりもっと大切な人がいるはずだよ』
私なんかよりもっとずっと、善しい人が。
『私は代わりなんて真っ平御免だからさ』
私が笑ってそう言うと伏黒くんは不思議そうに首を傾げていた。自分ですら気づけないほどそのひとが大切なんだね。気づけないほど、近くにいるんだね。
『伏黒くん、もうやめよう。こんな話、私たちは友達でしょ?友達はこんな話しないよ』
「なら俺は友達じゃなくていい」
『それは私の隣に居たいって言ってくれたのは嘘ってこと?』
「嘘じゃねぇ」
『なら、』
「俺は苗字の1番になりたい」
『…………私の、いちばん…?』
そんなものになんの価値もないのに、どうして伏黒くんはそんなものが欲しいの?1番になったら何になるの?
『………私の1番を伏黒くんにあげればいいの?それでこの話は終わりにしてくれる?』
「…………」
『言っておくけど私の1番なんて意味無いよ。だって私の中でみんなはみんなでしかなくて、その中で1番になっても何も変わらない』
ねぇ、伏黒くん気づいてる?伏黒くんは1度だって私を好き≠ニは言ってないんだよ。