夏になるまえの魔物





『…ふっ、伏黒くん…!大丈夫!?』

「………苗字?」

『苗字です!それより伏黒くん血が凄いよ!不貞腐れてないで早く来るべきだった…!』

「恵は俺が運ぶから名前は一旦離れて」

「すじこ?」

『え?なんで不貞腐れてたのか?ですか?』

「しゃけ」

『……真希さんが、私を拒絶したんですっ、』

「高菜…!?」

『あんなに私を愛してるって言ってくれたのに…!』

「いくら!……めんたいこ!」

『私のことは遊びだったの…!?私もう真希さんが分からない!』

「………今の俺の状況を見てやることか?」

『はいっ!ごめんなさい!』





私と狗巻先輩は敬礼をしてパンダ先輩に続いた。パンダ先輩に背負われている伏黒くんはどことなく可愛かった。





『東堂先輩強かった?』

「………まぁ、一級術師だからな」

『本当に強いんだ。変な性癖持ってるのに…』

「性癖は関係無いだろ…」




やっぱりキレの無い伏黒くんが心配になり、少しでも痛みがマシになるように傷に触らない様に気をつけながら伏黒くんの頭を撫でると、彼は少しだけ目を細めた。




『伏黒くんならすぐに東堂先輩なんてコテンパンにできるよ!』

「………コテンパンって、おまえ、何歳だよ」

『えっ…、コテンパンって使わないの…!?使わないんですか狗巻先輩!』

「いくら、高菜…………ツナマヨ!」

『……なるほど。こういう時はコテンパンではなく、やられたりやり返す…倍返しだ!って言うんですね!』

「…………」

「そろそろ止めてやれ。恵が虫の息だ」




そんな話をしながら家入さんの所に着くとちょうど野薔薇の回復が終わったのか同時に扉が開かれた。




『大丈夫だった?』

「問題無し!」

「それにしても酷くやられたな?恵」

「……………はい、」




パンダ先輩はベットに伏黒くんを座らせると、狗巻先輩と共に訓練に戻ってしまった。私はタオルを濡らす為に家入さんにタオルを貰うと、まだ残っていた真希さんが私を見てニヤリと笑った。知ってる、嫌な予感がする笑顔だ。




「なぁ、恵聞いたか?」

「……何をですか」

『真希さん!…伏黒くん違うから!』

「野薔薇、名前止めろ」

「ガッテン!」



私は野薔薇に後ろから羽交い締めにされたけどどうにか真希さんを止めたくてとにかく大声を出した。





『真希さん!真希さ〜ん!』

「うるせぇな。そんな大声出すと恵の傷に響くだろ」

『うぐっ…!』




真希さんの正論に言葉が詰まると先輩はそれを狙ったかのように早口で伏黒くんに言った。




「こいつ東堂に狙われてんだぜ」

「……………………は?」

『ちっ、違うよ!?命をだよ!?命を狙われてるの!』

「それはそれで問題じゃない…?」





野薔薇の言葉に一瞬思考が止まったけどすぐに言葉を続けた。




『い、いや〜!私の好みのタイプが良くなかったのかな〜!?だから東堂先輩あんなに怒ったのかな〜!?』

「怒ってたどころか友好的だったわよ」

「友好的どころか完全に狙ってる目だったな」

『2人は私をどうしたいんですか…!?』

「「いじり倒したい」」




声を揃えて言う2人にガクッと体の力が抜ける。すると野薔薇は私を離して真希さんと部屋を出て行ってしまった。でも部屋を出る直前に野薔薇は振り返って伏黒くんを指さした。




「名前はちゃんと言わないと分からないわよ!」

『……野薔薇はもう、何も言わないで、』






野薔薇はキラッとドヤ顔をすると真希さんの後を走って追ってしまった。





「………私、居ない方がいい?」

『……伏黒くんの治療してあげてください、』






家入さんも面白がっているのかニヤニヤとしながら部屋を出て行こうとするから呪術師って五条先生の言う通りイカれてるのかな、ってちょっと思った。




「それじゃあとりあえず治療始めるか」

『……それじゃあ私は訓練に戻ります』






私がフラフラと立ち上がって壁にぶつかりながら扉まで辿り着くと、伏黒くんに名前を呼ばれた。





「…苗字」

『……………ハイ』

「晩飯の時、話がある。食わずに待ってろ」

『……………………………』

「返事」

『………………………………ハイ』





この時初めて急な任務が入らないかな、なんて思った。
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