幻想の相貌


「名前、お前昨日は訓練サボってどこ行ってたんだよ」

『サボりじゃないですよ!』

「任務でも無かったんだろ?」

『…任務では、無かったですけど…、』

「恵が寂しがってたぞ?」

「寂しがってません。適当なこと言わないでください」




訓練に参加するなり真希さんに肩を組まれて尋問された。私の隣にいた伏黒くんも流れ弾に当たって可哀想だった。




「で?何してたんだよ。……もしかして男か?」

「…………」





絶対分かって聞いてくる辺り、真希さんらしいなと思った。何故か伏黒くんまでじっと私を見てくるから答えるしか無くなった。





『違います。五条先生の手伝い頼まれてたんです』

「なんだ悟か。あいつ私たちの為とか言って絶対自分が楽したいだけだぞ」




私が笑うと真希さんは腕を退かしてニヤリと笑った。嫌な予感がする。




「昨日サボったんだから飲みモン買ってこい。恵も連れて行っていいから」

『………昨日居なかったのは私だけなので私が買って来ますよ。何がいいですか?』

「私は炭酸で棘は何でもいいだろ」

『適当に買ってきますね!伏黒くんは?何がいい?』

「俺も行く」

『え?飲み物くらいなら私ひとりで持てるよ?』

「恵が良いって言ってるんだから連れてけよ。あとついでに野薔薇も」





真希さんはそう言うと少し遠くでパンダ先輩に投げられている野薔薇に近付いた。すると地面に伏せていた野薔薇が勢い良く顔を上げて私を見るなりダッシュで向かって来た。



「名前!あんた昨日何してたわけ!?」

『ごっ、五条先生の手伝いを…、』

「今日は居るわよね!?私ばっかり投げられててしんどいのよ!!」

『きょ、今日はちゃんと、います』




私がそう言うと野薔薇は納得した様に頷いて自動販売機を目指す為に歩き出した。





「自販機もうちょい増やしてくんないかしら」

「無理だろ。入れる業者も限られてるしな」

『………私はフリフリゼリー飲みたかった』

「それ余計に喉渇くだろ」





靴の音が響いて振り返るとガタイのいい男性と身体の線が出る制服を着た女性が立っていた。




「なんで東京コッチいるんですか。禪院先輩」

『……禪院?』

「あっ、やっぱり?雰囲気近いわね」

「嫌だなぁ、それじゃあ区別がつかないわ。真衣って呼んで」

「コイツらが乙骨と三年の代打…ね」




すると禅院先輩は虎杖くんについて話し出した。





「同級生が死んだんでしょう?辛かった?それともそうでもなかった?」



あの、虎杖くん生きてます。とは言えなくて口を噤んだ。すると隣に居た男の人と目が合った。何となく心が読まれそうな気がして視線をすぐに逸らした。



「…何が言いたいんですか?」

「いいのよ。言いづらいことってあるわよね。代わりに言ってあげる」




あの、虎杖くん生きてます。






「器≠ネんて聞こえはいいけど要は半分呪いのばけものでしょ。そんな汚らわしい人外が隣で呪術師≠名乗ってて虫唾が走っていたのよね?死んでせいせいしたんじゃない?」

「………」

「………」




虎杖くん、生きてます





「真衣、どうでもいい話を広げるな。俺はただコイツらが乙骨の代わりに足りうるのかそれが知りたい」



やっと喋ったと思ったら1歩前に出た男の人に視線をやるとやっぱり目が合った。この人もしかして私の心呼んでる?虎杖くんが生きてるのを知って心の中で遊んでたのバレてる?




「伏黒…と言ったか。……………どんな女がタイプだ」

「……?」

「……?」

『………?』





男の人は語りながらビリビリと着ていたTシャツを破き始めて、一瞬お巡りさんを呼ぼうかと思ってしまった。





「因みに俺は…………身長タッパケツがデカイ女がタイプです」




因みに私はあなたの好みは聞いてません。




「なんで初対面のアンタと女の趣味を話さないといけないんですか」

「そうよ。ムッツリにはハードル高いわよ」

「オマエは黙ってろ。ただでさえ意味分かんねー状況が余計ややこしくなる」




伏黒くんの真っ当な答えに野薔薇が悪ノリに近い言葉を返すと伏黒くんは青筋を浮かべてそう言った。私も少し悪ノリしようかなって思ったけど、伏黒くんが本気で怒りだしそうだったから諦めた。





「京都三年東堂葵、自己紹介終わり。これでお友達だな。早く答えろ、男でもいいぞ。性癖にはソイツの全てが反映される。女の趣味がつまらん奴はソイツ自身もつまらん。俺はつまらん男が大嫌いだ」




その理論でいくと身長とお尻が大きいあなたは結構凄い性癖の持ち主なのではないでしょうか。と思って首を傾げるともうひとつの真実にたどり着く。




上半身裸のガタイのいい男が性癖について語っている姿は凄く引く。





『…………』

「名前、顔凄いわよ」




野薔薇に指摘されて慌てていつもの笑みを浮かべる。すると伏黒くんがチラリと横目で私を見た気がした。でもすぐに東堂先輩に顔を戻すと、その表情はどこか遠くを見ているような気がした。




「………別に好みとかありませんよ。その人に揺るがない人間性があればそれ以上は求めません」

「悪くない答えね。巨乳好きとかぬかしたら私が殺してたわ」

「うるせぇ」





伏黒くんの答えに、何故か心臓の辺りが一瞬苦しくなった。まるで呼吸の仕方を忘れた様に。





『………伏黒くんらしい好みこたえだね』





真っ直ぐな彼らしい、私とは全く正反対の答えにどこか安心してしまった。





「やっぱりだ。退屈だよ、伏黒」

「ーっ、」

『………』





寒気が走った次の瞬間、伏黒くんの体は後ろに吹き飛ばされていた。慌てて野薔薇が駆け寄ろうとするけど、禪院先輩に後ろから抱きとめられていた。




「あーあ、伏黒くんかわいそっ。二級術師として入学した天才も一級の東堂先輩の前じゃただの一年生だもん」

「似てるって全然だわ。真希さんの方が百倍美人。寝不足か?毛穴開いてんぞ」

「口の利き方ーー教えてあげる」





禪院先輩は銃を取りだし野薔薇に当てる。すると動かない私を見て笑みを浮かべた。





「あなたは?東堂先輩の動きに全くついていけなかったみたいだけど」

『…………確かにあの速さについていける人なんてほぼ居ないでしょうね』

「ふふっ、諦めてるの?聞き分けがいいのね」

『………ほぼ居ないでしょうけど、伏黒くんが追いつけないとは言ってないです』

「………へぇ〜」




私が禪院先輩に向き合うと、彼女はガチャリと銃を鳴らして野薔薇に更に押し付けた。





『……禪院先輩、足元はちゃんと見た方がいいですよ』

「………はァ?」





私が笑って先輩の足元を見るとつられたように先輩が足元に視線を落とした。





「なによこれ!!」

『さとるくんです』





禪院先輩の足には30センチくらいのさとるくんがくっついていて、慌てて先輩は足を振り回した。





『戻っておいで、』




私がそう言うとさとるくんはケラケラと笑いながら私の足にくっついて私の体に溶け込むように姿を消した。





「………なんなの、あんた」

『東京校一年 苗字名前です。よろしくお願いします』

「………あんた、数ヶ月で準一級になったっていう、苗字名前?」

『オマケの準一級ですけどね』




私が苦笑を浮かべると禪院先輩は奥歯を噛み締めて私を睨みあげた。美人が凄むと怖いっていうのは本当らしい。




「私を無視するんじゃないわよ!」

「っ、」





野薔薇が襲いかかると禪院先輩は躊躇い無く野薔薇を打った。すると後方でも凄い音がして振り返ろうとしたけど先輩が野薔薇を更に打つから動けなかった。





『それ以上打ったら怒ります』

「勝手にしたら?それに私は教えているだけよ?覚えておきなさい?喧嘩を売る相手は選ぶことね」





気を失っている野薔薇にまだ銃を向ける禪院先輩にスっと瞳を細めると、知っている気配に肩の力を抜いた。





「何やってんだよ、真衣」

「あら、落ちこぼれ過ぎて気づかなかったわ。真希」





2人は戦う気は無いのか武器を下ろすと、真希さんは野薔薇に声をかけた。





「野薔薇!立てるか!?」

「無理よ。それなりに痛めつけたもの」



すると真希さんは呪具を禪院先輩に向けた。突然のことに驚いた先輩の後ろに野薔薇がゆらりと姿を現した。




「ナイスサポート!真希さん!おろしたてのジャージにばかすか穴空けやがって。テメェのその制服置いてけよ」

「次は体の穴増やしてやるわよ。あとその足の長さじゃこれは着れないんじゃない?」




野薔薇が禪院先輩を落とそうとしているのか腕の力を込めた時、東堂先輩が現れて禪院先輩に声をかけた。




「帰るぞ真衣」

「なっ、そんな、伏黒は…」

「大丈夫だ。パンダ達がついてる」

「楽しんでるようだな」

「冗談!私はこれからなんですけど」




ジャラジャラと空弾を落とす禪院先輩に東堂先輩は高田ちゃんの個握があるから帰ると言った。その言葉に女性陣ははァ?と眉を寄せた。



「乗り換えミスってもし会場に辿り着けなかったら俺は何をしでかすか分からんぞ。付いて来い真衣」

「もうっ!勝手な人!アンタ達交流会はこんなもんじゃ済まないわよ」

「何勝った感出してんだ!制服置いてけコラァ!」

「やめとけ馬鹿」






このままさっさと帰ってくれないかなって思っていたら東堂先輩が急に振り返って私を見るから、やっぱりこの人は私の心が読めるんだって確信を持った。




「………名前は」

「………………オマエだよ」

「………名前を見て言ってるわよ」

『……………え?私?』





東堂先輩の問いに誰も答えないから流石に可哀想と思っていると真希さんと野薔薇に言われて私に聞いていたのかと気付いた。




「………名前は」




東堂先輩は私の前に移動すると学ランを肩にかけたままもう一度言った。





『………………苗字、名前、です』

「……………準一級術師の苗字か」

『い、一応、』




私が1歩下がって答えると東堂先輩は目を見開いた。




「…………彼氏はいるのか」

『………い、いません、』

「…………そうか」

「ちょっ、ちょっと東堂先輩!?」





私が正直に答えると東堂先輩は納得した様に頷いて背を向けて去って行った。………嫌な気持ちになったんですけど。




「…………完全に狙われたな」

「………狙われましたね」

『…………………………え、』




真希さんと野薔薇はそう言うと2人で歩き出してしまった。慌てて後を追うと野薔薇が真希さんの呪力について聞いていた。そして眼鏡を外した真希さんはニヤリと笑った。




「嫌がらせだよ。見下されてた私が大物術師になってみろ。家の連中どんな面すっかな。楽しみだ。オラさっさと硝子サンとこ行くぞ」




その言葉に私と野薔薇は心臓を撃ち抜かれた。私が男ならきっと惚れてる。




「私は真希さん尊敬してますよっ」

『私も真希さん大好きです!』

「あっそ」





私もついて行こうとした時、真希さんが私を見て足を止めた。





「オマエは怪我してないんだから恵の方行ってこい」

『…………………え、』

「そんな絶望面すんな。別に付いて来んなって拒否してる訳じゃねぇよ。恵の方が怪我が酷いだろうから見て来いって言ってんだ」

『……………はい、』






真希さんの言葉に素直に頷いて来た道を戻ろうとすると真希さんから思い出したように声をかけられる。





「それと、東堂に狙われてること恵に話せよ」

『……………狙われてませんし、言いません』

「言えよ。面白くなるから。先輩命令」






こんな理不尽な先輩命令があるだろうか。




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