波間での喪失
『………』
「珍しく苗字が不貞腐れてる!」
「あ、本当だ」
教室で私が肘をついて外を眺めていると虎杖くんが大声でそう言うから余計にみんなの顔が見たくなくて首に痛みが走るくらい逸らした。
「なんで苗字不貞腐れてんの?」
「伏黒、あんたがなにかデリカシー無いこと言ったんでしょ」
「なんで俺なんだよ。……苗字」
伏黒くんは私の机の隣に立ったけど私はチラリと見てまた外を見た。そしたら伏黒くんの後ろで虎杖くんと野薔薇がコソコソ話をしてたけど丸聞こえで口元を隠してる手は意味無いと思う。
「あらま、伏黒さんのところ喧嘩中らしいわよ」
「あら本当っ、どうせ旦那の方が奥さんの事怒らせたのよ。伏黒さん家の旦那さん愛想無いから」
「………おい、」
低い声で2人を牽制する伏黒くんの袖を引っ張ると腰を少し折って顔を寄せてくれたから耳元に寄るとピクリと彼が揺れた気がしたけど、そのまま小さな声で呟く。
「………………………………オマエな、そんなくだらねぇ…」
「なに!?なんで苗字機嫌悪いの!?」
「さっさと言いなさいよ!伏黒!」
伏黒くんは言っていいのか、という視線を私に向けるから控えめに頷くと、溜息を吐きながら呆れた様に言った。
「次の任務が苗字を抜いた3人の任務だから自分だけ蚊帳の外みたいで嫌だ、だと」
「……………名前…!」
「………苗字!」
『えっ…!?えぇっ!?』
虎杖くんと野薔薇は感動したように瞳をキラキラとさせると2人同時に私に飛びかかるから慌てると野薔薇にガバッと勢いよく抱きしめられる。虎杖くんは伏黒くんに首根っこを捕まれて足だけは私の方へと向かおうとしているのかバタバタと忙しなく動いていた。
「も〜!嬉しい事言ってくれるじゃない…!」
「苗字〜!」
「分かったわ!私は任務行かない!名前と一緒に原宿で買い物行ってくる!」
「行ってくる、じゃねぇ。任務は行くんだよ」
伏黒くんが眉を寄せてそう言うと私のスマホが音を立てたけど野薔薇は聞こえていないのか私の体をぎゅうぎゅうと抱きしめるからスマホが出せなくて困った。すると伏黒くんが野薔薇の首根っこも掴んで離してくれたから有難く電話に出た。
「高専についたので準備をお願いします」
『すみません!すぐ行きます!』
電話を切って伏黒くんに怒りを露わにしている野薔薇やそれを宥める虎杖くん、興味無さそうにそっぽを向いている伏黒くんに声をかける。
『私そろそろ行くね!3人とも気をつけてね!』
「それはこっちのセリフよ」
「苗字!いってらっしゃい!」
3人の横を通り過ぎようとした時伏黒くんと目が合って、その視線が何かを伝えようとしている気がして立ち止まると彼は小さく呟いた。
「………晩飯、待ってる」
『……うん、すぐに終わらせてご飯食べよう』
私はそう言って教室を出たけど、でもその日伏黒くんとご飯を食べる約束は守られなかった。
ーー虎杖くんが死んだと、任務先で窓の人から聞いたから。