神さまとの断絶






「……俺は苗字を日本に連れて帰る」

『…………私の意見は?…私の気持ちは無視するの?』

「あぁ、無視する」

『……………なんで?なんでそんなに私を連れ帰ろうとするの。同期がいないから?任務が大変だから?それとも五条先生に何か言われた?』

「俺の意思だ」

『だったら尚更意味が分からない。さっきの私の言葉聞いてたでしょ?私は伏黒くんが思ってる様な善人じゃないよ』

「そうかもな」

『なら私が戻ろうと戻らなかろうとどっちでもいいじゃん』

「良くない」

『………だから、その理由を聞いてるの!さっきから意味分かんない!私は戻りたくない!ここに居る方が余っ程楽だし心地良いの!周りを気にしなくて済むの!』

「戻っても周りを気にしなければ良いだろ」

『それができるならとっくにそうしてる!伏黒くんには分からないよ!』




私だって、1度だけこの仮面を剥がしたことがある。そしたら周りは勝手に失望するの。思ってたのと違うって、勝手に。



勝手に期待して、勝手に失望して、本当に人って勝手


でも、自分で偶像になりきって人に失望している私はもっと勝手





『もう、勝手に期待しないで。私は伏黒くんが思ってる様な人じゃない。ちゃんと命令が来たら日本に帰るから、…放っておいて』

「俺は別に苗字に期待してない」

『…………』

「確かに苗字の事は善人だと思ってたし、今も思ってる」

『………違う、私は善人なんかじゃない』

「俺が勝手に思ってるだけだ。苗字にそうなれって言ってるわけじゃない」

『………』





確かに周りのみんなも私にそうなれとは言ってない。言ってなくても顔を見れば大体わかる。この人はこれを望んでるんだって。





『………望まれたら、ならないといけないんだよ』

「なんでだよ」

『失望、されたくないから、』

「誰に」

『…………………』






あの人は私なんか見てくれなかった。どれだけ理想通りになっても、どれだけ聞き分けのいい子になっても。

母親あのひとは私を見てはくれなかった。いつだってあの人の瞳に映っているのは私じゃなかった。母親であるあの人でさえ私≠見てはくれなかった。



無償の愛をくれるはずの母親も私≠愛してはくれなかった




『偶像通りの私にならないと、誰も私を見てくれない…、』

「……偶像通りなら見てくれたのか」

『……………』





偶像通りになっても、見てくれなかった。むしろ前よりも人が遠くなった気がした。私を神様の様に扱う人達は距離を置いて、凄いね∞優しいね∞ありがとう=Aそんな欲しくもない言葉ばかりを私に与えた。




『…………』

「見て欲しい、見て欲しいって言ってるが、」

『………』





伏黒くんは私の目を見ると、見透かす様な強い眼差しで私を射抜いた。




「オマエが見てないんじゃないのか」

『………………』




すぐに否定しようと口を開いたけど言葉は出なくて空気だけが揺れた。





『そ、んなこと…、』

「なら、オマエは俺の何を知ってる」

『………伏黒くんは、目付きが悪くて勘違いされることも多いけど、』

「…………」

『私なんかを助けてくれる、優しい人で、』

「………」

『式神が使えて、人を助けられるくらい強くて、凄い人で、』

「……………」

『…それ、で、』

「………気付いてるか」

『……なにを、』

「オマエが言ってる事は、他の奴らが苗字に向けて言った言葉と変わらない事に」

『ーっ、』






伏黒くんの言葉に心臓が大きく音を立てた。でもそれを認めたくなくて慌てて首を左右に振る。





『ちっ、違うよっ、違うっ、私はちゃんと伏黒くんのこと見てるよっ、』




そうじゃないと、私は、





『私はちゃんと見てるっ、ちゃんと見てるよっ、』







私が初めて仮面を被ったのは母の一言だった。





「わがまま言ってママを困らせないで」





その一言が幼い私の心に深く刺さった。母親と一緒にご飯が食べたい、ただそれだけなのにわがままなんだって、ママを困らせてるんだって。



ーーママはわたしより、おとこのひとがたいせつなんだ





それから私は母を困らせないように良い子であり続けた。いつでも笑って、母の言ったことを守った。




「んっ、…あっ、そこっ、そこきもちいっ!」






母のそんな声が隣の部屋から聞こえても部屋の隅で膝を抱えて必死に涙を堪えて笑みを浮かべた。




それでもあの人は私を置いて消えた。私の神様と一緒に消えた。






『…………やっぱり、神様なんて、いないじゃん』

「居るわけないだろ。そんなの」

『…………………伏黒くんって無宗教?……私もそうだよ』

「神様がいるなら善人が不幸になるわけが無い」

『……私が信じてた神様は善人を救ったりしない。むしろ善人を傷付けるような人だよ。きっと伏黒くんは嫌いなんじゃないかな』

「そもそも俺は神様なんて信じてない。神様が存在するならそいつは呪霊みたいなものだろ。人の信仰する気持ちから生まれたただの呪霊だ」

『……夢が無いこと言うんだね』






伏黒くんの物言いに肩を落とすと、彼は何も思ってないのか無表情のままだった。





『伏黒くん、お願いだから帰って』

「………」

『……多分、このままだと私、伏黒くんに酷い事言う』

「別にいい」

『……私が良くないの、お願い、帰って』





それでも伏黒くんは動かずにじっと私を見つめた。私は項垂れるように頭を下げると崩れかけていた理性がガラガラと崩れる様な音がした。





『…………うざい、帰ってって言ってるでしょ』

「……」

『私なんか放っておいてよ。なんで構うの。情けない奴に優しさを振り撒く俺かっこいいとか思ってるの?』

「………」

『馬鹿だとか思ってるんでしょ?私の事。善人ぶってるくせに結局は自分のことだけ』

「………」

『人のことは見ないくせに、自分を見てほしいなんて強欲にも程があるって、そう思ってるんでしょ』




伏黒くんはただ静かに私の言葉を聞いていた。言い返して欲しい。私の言葉なんて聞かなくていいのに。

聞いて欲しくないのに。





『伏黒くんって、悪人ぶってるけど、全然悪人じゃないよ。むしろ善人だと思う』

「……」

『私が人のこと見てないって言ってたけど、伏黒くんだって見てないじゃん。偉そうな事言わないでよ』

「…………」

『私の事なんにも知らないくせに。前に話した母親の話だって嫌いになれなかったなんて言ったけど、本当は大嫌いだったよ、あんな人。きっと私があの人を母親として愛していたのは生まれて間もない時だけ』

「………」

『…………私は、私を見てくれる人以外どうでもいい』





私がそう言うと伏黒くんは閉じていた唇をゆっくりと開いてたった一言だけ言った。





「別にいいんじゃないのか。それで」





その言い方がいつもの様で、普段私と話している時のような言い方だったから、今なんの話しをしているのか分からなくなった。






『…っ、簡単に言わないでよっ!私と伏黒くんじゃあ物事の価値基準が違うのっ!』

「そうだな。でもそんなもんだろ。違う人間なんだから仕方ないだろ」




なんで、なんで分かってくれないの。伏黒くんだって結局私を見てくれないじゃん。





『あ〜!もうっ!やだっ!全部やだっ!伏黒くん嫌い!どっか行ってよ!』

「……小学生かお前」

『そんな事言う伏黒くん嫌!嫌い!』




呆れた声を出す伏黒くんに私は限界が来たのか子供の様にみっともなく涙を流すと少し驚いたのか伏黒くんは少しだけ目を見開いていた。





『今まで我慢してきたのにっ!ずっと上手くやってきたのにっ!伏黒くんのせいだよ!』

「そうだな、俺のせいだな」





伏黒くんは何故か少しだけ笑った。それにもムカついてもうどうにでもなれと地団駄を踏む。




『なんで笑ってるのっ!私怒ってるんだけど!』

「そうだな。子供みたいにキレてるな」

『伏黒くんのバーカ!睫毛お化け!カニ頭!無愛想!イケメンの無駄使い!』

「最後のは貶してるのか…?」

『女子の荷物は持ってくれないし!道路側も歩いてくれないし!気は使えないし!愛想無いし!』

「…………………気をつける」




伏黒くんは気まずそうに視線を逸らすと頭をガシガシと掻いた。




『………なのに、私の事守ってくれようとするし、』

「………守れなかったけどな」

『いつも私の傍にいてくれるし、』

「………………放っておくとフラフラするだろ」

『行儀悪いところとか、五条先生が私のプリン取って行った時とか、初めての任務が1人になっちゃった時に、怒ってくれるし、』

「普通だろ」

『……伏黒くんの、悪いところいっぱい知ってるのに、』

「………」

『それ以上に優しい所を知ってるから、嫌いになれない』

「…………鼻水垂らして言う事じゃないだろ」

『………デリカシー無いところは嫌い』

「…………………悪い」





私がずずっと鼻を啜ると伏黒くんは少し眉を寄せた。しょうがないじゃん。私≠ヘハンカチとかティッシュとか面倒臭くて持ち歩かないんだもん。





「………本当に、ガキみたいだな」




伏黒くんは私に近付くと制服の袖で私の涙を優しく拭き取った。ハンカチじゃない所が伏黒くんっぽいな、なんて思った。



『几帳面そうに見えて、伏黒くんって意外とズボラだよね』

「……拭いてやってるだけ有難いと思え」

『………………ありがとう、』

「………ん、」





伏黒くんは濡れた袖を気にする事なく、腕を下げると私を呼んだ。





「苗字、」

『……なに、』

「飯食いに行くか」

『………』

「ここなら五条先生居ないから好きなだけデザート食えるぞ」

『………………行く』





私がそう呟くと伏黒くんは少しだけ笑った。それが何となくムカついたからパシリと腕を叩くと倍の力で頭を叩かれた。痛い。





『………伏黒くんのデザート奪ってやる』

「前から思ってたけどお前意外と食い意地張ってるよな」

『うん。だから五条先生にプリン取られた時ムカついた』

「……………本当に嘘吐くの上手いな」





私は伏黒くんを見上げて大きく口を開けて笑った。




『ちゃんと私の嘘を見破ってね』

「……善処する」




きっと伏黒くんなら、見破れなくても嘘まで受け止めてくれんでしょ、って思ったけど認めるのが癪だったから鼻を拭いた手を伏黒くんの制服に擦り付けたら本気で引いた顔をされた。




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