秘密をまぜても美味しくならない
『………どうして、伏黒くんが?』
「五条先生からの伝言預かった」
『…………わざわざ伏黒くんが海外に来ないといけないような伝言なの?』
「…………」
『……で、でもっ、来てくれて嬉しいよっ!1人で不安だったから!』
私が笑ってそう言うと伏黒くんは私の前に腰を下ろした。すると目の前にお婆さんに頼んだカレーが出てきた。
『……伏黒くんも食べる?』
「いや、いい」
『そっか…』
何となく食べずらかったけど1口食べると任務あとのせいかお腹の空いていた私はパクパクと次々に口に放り込んだ。
「……日本に戻って来ないのか」
『えっ、……戻るよ?任務が終わったら』
「…………前から思ってたけど、オマエ嘘吐くの上手いよな」
『…………え、』
スマホを取り出して操作をしながら伏黒くんに言われて顔を上げるけど、伏黒くんとは視線が合わなかった。
『……う、そなんて、ついてないけど、』
「日本に戻ってくるつもり無いんだろ」
『なんで…?』
「楽しそうだから」
一瞬、伏黒くんの言葉の意味が分からなかった。でもすぐに首を振って伏黒くんに向かって笑みを浮かべた。
『確かに旅行みたいで楽しいよっ!でも日本も忙しいだろうし帰るよ!』
伏黒くんはスマホから視線を離さずに小さく呟いた。
「……自分で戻りたいとは言わないんだな」
『……………』
今日の夜ご飯なんだっけ、みたいな感じで言うから一瞬頷きそうになってしまったけど慌てて口を噤んだ。
『ど、どうしたの?伏黒くん、なんか変だよ?』
私が首を傾げてそう尋ねると、伏黒くんはスマホの電源を落とした。それでも伏黒くんの顔は上がらなくて視線は合わなかった。
「……俺は、オマエを今でも善人だと思ってる」
『…………』
「少なくとも俺よりは」
『…………………伏黒くんは、私の事何も分かってないんだね』
1度言ってしまえば、堰を切ったように口は勝手に言葉を紡いでしまった。
『…私の何を知ってるの?たった数ヶ月の付き合いなのに』
「……」
『五条先生に言われたんじゃないの?私は善人ぶってるだけの人形だって』
「…………」
『その通りだよ。私は周りの顔色ばっかり伺って、ヘラヘラ笑ってその人が望む言葉と行動をしてるだけ。 』
「………」
伏黒くんはただ何も言わずに机を眺めているだけだけだった。それにも腹が立ったし、彼が何をしたいのか分からなかった。
『正直他人なんてどうでもいい。どうなろうが関係ない。目の前で死なれなければ、それでいい』
「…………」
『人を助けたいなんて思った事ない。だって、私を助けてくれないのに、どうして助けないといけないの?私を勝手に持ち上げて、偶像を作り出してる人たちをどうして助けないといけないの?』
「…………」
『……私は、善人でも無ければ、神様でもないんだよ、』
「……………」
伏黒くんはゆっくりと顔を上げて、その日初めて私と視線が交わった。その瞳は髪色と同じ様な色なのに何処かキラキラと輝いて五条先生よりよっぽど宝石みたいで綺麗だった。
『……………』
「………それだけか」
『………なにが』
「言いたいことはそれだけか」
冷たく言い放されて、グッと心臓が縮む。いつもの伏黒くんはどんなに呆れても私の話を聞いてくれたし、こんなに冷たい言い方はしなかった。
結局、彼だって偶像通りの私じゃないと意味無いんだ
『…………伏黒くん、五条先生からの伝言聞いていい?』
「…………」
『伝言さえ伝えれば帰ってくれるんでしょ?』
「………」
私が口元だけに笑みを浮かべてそう言うと伏黒くんは1度だけ瞬きをした。
「………言わない」
『…………………………………は?』
「言わない」
『……………え?で、伝言を伝えにわざわざ来たんでしょ?』
伏黒くんはやる気の無さそうな顔をするとお婆さんを呼んでご飯を頼み始めた。私は目元と口元をピクピクと痙攣させながら怒りを抑えて笑みを浮かべた。
『ふ、伏黒くん…?』
「なんだ」
『いや、なんだじゃなくて…、伝言が聞きたいんだけど、』
「だから、言わない」
『……………もういい、自分で聞く』
私はスマホを取り出して五条先生に電話をかけると数コールの後、いつもの呑気な声が聞こえた。
「名前〜?どうかした〜?」
『伝言ってなんですか?』
「へ?伝言?」
『………え?』
「何の話か分からないんだけど…。そっちに恵居たりする?」
『………居ますけど、…五条先生が寄越したんじゃないんですか?』
「僕が?なんで?」
私が伏黒くんを見ると彼は他人事の様にもしゃもしゃとパンを食べ始めていた。
『……………信じられない』
「恵にさ早く戻って来るように伝えてよ〜。日本だって今繁忙期なんだからさ〜」
『………分かりました。すぐに伝えます』
私が電話を切ろうとした時、五条先生が不意に真面目腐った声でたった一言だけ言った。
「恵なら大丈夫だよ」
『はァ?』
そう言って五条先生は電話を切った。私はわけも分からず首を傾げると伏黒くんはパンを口に含んだまま私を見上げていた。
『………五条先生が早く帰って来いって』
「……わかった」
肯定にフッと息を吐くと伏黒くんは食べ終わったのか立ち上がって私の手首を取った。
『…へ?』
「帰るぞ」
『…ちょ、ちょっと待って!私はまだ任務が…!』
「なら終わらせて帰るぞ」
『なんで伏黒くんにそんな事言われないといけないの!?』
必死に足に力を入れて踏ん張ると、周りにいた人達は面倒事に巻き込まれたくないのかチラリと1度私たちを見てすぐに視線を逸らした。
『伏黒くん…!帰るなら1人で帰ってよ!』
「………」
『……っ、いい加減にしてよっ!!』
私が腕を振り切って大声を出すと伏黒くんは足を止めて振り返った。私は奥歯を噛み締めて壊れかかっている理性を必死に繋ぎ止める。
『…お願いだから、1人で帰って、』
「…………」
小さく呟いたせいで伏黒くんに聞こえたか分からないけど、今はこれ以上話したくなかった。
これ以上、伏黒くんに失望したくないから、