遠い国のかみさまのこと




「苗字が海外任務?」

「うん。…あれ?名前から聞いてないの?」




俺が反応をしないと五条先生はガシガシと頭を掻いた。





「…その感じだと、上手くいかなかったか」

「………どういうことですか」

「憂太が居なくなった後、どんな話した?」

「なんでそれを五条先生に言わないといけないんですか」

「ん?答え合わせの為かな」

「……………………母親の話をされました」

「…………なるほどね。それで?名前は最後になんて言った?母親の話の最後」

「………嫌いにはなれなかった、って」

「………………恵、」




名前を呼ばれて顔を上げると五条先生は笑っても馬鹿にするような笑みでも無く、よく分からない表情だった。





「………名前の事は忘れた方がいいよ」

「………………は、」

「それに、多分名前はもう戻って来る気が無いと思うしね」

「…なんで、」

「恵も薄々気付いてたんじゃないの?ここ2週間、名前は毎日のように任務に行ってた。でもそれを認めたくなくて見て見ぬふりをしてたんじゃない?」





確かに苗字はほぼ毎日任務に向かっていた。でもいつもより機嫌が良さそうだったから俺は何も聞けなかった。




「で?どうする?」

「…………」

「名前は多分もう恵には会いたくないんじゃない?だからわざわざ僕に海外に行きたいなんて言い出したんだろうし」

「…………」

「別に恵が悪いわけじゃないよ、だからって名前が悪いわけでもない」

「……俺が聞いたからですか。苗字の過去について」

「……いや、多分それじゃないね。原因は」




五条先生は検討がついているのか視線を逸らして人差し指と親指を顎に当てていた。





「……名前はさ、自分を出すのが苦手なんだろうね。本当の自分を見られたく無いんだ。…………特に、恵には」

「……俺には」




小さく呟くと五条先生は俺を指さした。それにムカついたが今はそれどころじゃなかった。





「恵はさ、無意識に名前のハードル上げてるんだよね」

「ハードル?」

「名前はこうだ。名前ならこうする。名前ならこんな事はしないってさ」

「そんな事…、」

「だから無意識なんだよ。でもそれも仕方ない事だよ。人は誰だって人に期待する。それが人間だから」





五条先生はただ淡々と言った。俺を慰める為でも、俺を気遣う為でも無く、それが当然だとそんな風に言った。






「恵が無意識に名前を苦しめてるとしたら?」

「………」

「それでも恵は名前を迎えに行く?」





俺は何も答えられなかった。





******





「苗字さん、大丈夫ですか?」

『…え?…はい!全然大丈夫です!むしろ調子良いくらいです!』



私に付き添ってくれた窓の人に心配されて素直に答えると彼は安心した様にフッと小さく息を吐いた様だった。





『海外って最初は不安でしたけどいい所ですね!』

「…俺は初日からスリにあって最悪のスタートでしたよ」

『でも返ってきて良かったじゃないですか!財布!』

「中身カラでしたけどね……」

『あはは…』





乾いた笑いをすると彼はまた肩を落とした。海外に来て早1週間。意外と私は海外に適していたらしい。





『……あ〜…、楽だなぁ』





任務が終わって街中を1人で歩いていた。窓の人にご飯一緒にどうか、と言われたけど丁重にお断りをさせてもらった。




『…………』





この地域は俗に言う過疎地というものだ。日本とは違って少し濁った空気が呪霊を増やす原因なんだろうけど、私にとっては自分でも驚くほど心地がよかった。





『これは本当に日本に帰らないかも…』





私はボロボロのお店かも分からないようなお店のテラス席に座ってお婆さんに簡単な英語で注文をすると多めにお金を渡す。





『………ここなら、何も気にしなくていいんだ』




周りの目なんて気にしなくていい。優しさを振りまく必要も笑顔を振りまく必要も無い。久しぶりに電源を付けようとスマホを取り出すと無表情な自分が映っていて少し笑えた。





『………もう疲れちゃったなぁ、』






幼い頃、とある男の人に言われた。




「お前は呪術師に向いてるぜ」




その人は不思議な雰囲気の人だった。母はその人を酷く気に入っていて、毎週金曜日にその男の人は私の家に現れた。そして私の頭を撫でながら言った。





「お前、なんでそんなにヘラヘラしてんだ?」

『楽しいからだよ!』

「楽しいわけあるか。母親が知らねぇ男連れ込んでるのによ」

『………』

「お前気持ち悪ぃな」

『………………』

「………そんな顔も出来んだな」





その時私がどんな顔してたのかは分からなかったけど、その人は楽しそうに笑ってポンポンと私の肩を叩いて言った。




「お前呪術師に向いてるぜ」

『…呪術師?』

「お前が強くなったら俺が殺しに行ってやるよ」

『………………』





あの時は何の話か分からなかったけど、今の私を見たらあの人はまた楽しそうに笑ってくれるだろうか。




ーーお前気持ち悪ぃな




初めて言われた言葉だった。周りの子達は私の事を優しい≠ニか良い子≠ニかそんな安っぽい言葉で褒めた。その度に私の心は崩れかかっていった。



ーーあぁ、私は優しくて良い子にしていないと




他人に勝手に作られた私の偶像。そのはずだったのにその偶像はいつの間にか私の仮面になってた。それを被ってしまえば後は楽だった。その人の望む答えを言えば良いだけ。
そんな時誰かが言った。




ーー苗字さんは神様みたいだね





みんなの中の神様はいつでも笑っていて、優しくて聖母のような人らしい。でも、私の神様は違った。



ーーお前気持ち悪ぃな

ーーお前呪術師に向いてるぜ

ーーお前が強くなったら俺が殺しに行ってやるよ




私の神様はいつもフラフラしていて不思議な雰囲気を持っていて、私を殺してくれる人。



私≠見てくれる人





そういえばあの人の名前はなんだったっけ。母が消える前日に聞いた気がする。確か珍しい名前だった気がする。まるでその人を表したような、






『…………伏黒くん、』

「………………見つけた」





私の同期がどうしてか私の神様と重なって見えた様な気がした。
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