こわれないことば
「あっれ?恵?名前と一緒じゃないの珍しいね?」
「………苗字は任務です。わざとですよね」
「え?名前任務だっけ?…………そんな事言ってたような…」
五条先生は俺の答えにわざとらしく腕を組んで空を見上げると、パッと笑みを浮かべた。
「まっ、そんなことはどうでもいいよ!」
「………」
明るくなった表情に面倒なのに絡まれたな、と思っていると肩を組まれて五条先生はどこか遠くを指さしていた。
「晩飯行こっ!もちろん僕の奢り!」
「…………いえ、結構です」
「え〜!?なんで!?僕の!奢り!だよ!?」
「俺は食堂で食うんで」
肩に乗せられた腕を退かして数歩歩くと、五条先生の言葉に勝手に歩みが止まった。
「名前が任務から帰って来たら一緒に食うの?仲が良いんだね〜。まぁ死の境地を一緒に乗り越えた間柄だもんね」
「………」
「でも、恵はさ、名前の事何も知らなくない?なのに彼氏ヅラに近い事しちゃって〜」
「…………そんなツラしてませんし。…何が言いたいんですか」
俺が振り返って苛立ちを隠さずにそう言うと五条先生は廊下の端に寄って壁に背中を預けた。
「恵はさ、まだ名前がいい子ちゃんの善人だと思ってる?」
「………あいつは、自分の命が危ない時でも他人を優先する様な奴です。それを善人と呼ばなくてなんと呼ぶんですか」
「なるほどね。でもさ、それが自分の為だったら?」
「……はァ?」
五条先生の意味の分からない回答に俺が眉を寄せると五条先生は鼻頭を親指で掻くと少し面倒臭そうに言った。
「自分の株を上げたい。周りによく思われたい。それが名前の根っこだよ」
「………別に、普通だと思いますけど。それに自分が死にそうな時にそんな事は考えてられないと思います」
「うん。だって考えてないもん」
「………巫山戯るなら他を当たってください」
筋の通らない五条先生に俺は付き合ってられず立ち去ろうと足に力を入れた時、五条先生はまた口を開いた。
「考えてないんだ。考えずとも体には染み付いてる。考えるまでもないんだよ。名前の根幹は善人であるべき≠ニいう無意識にまで染み付いたある意味縛り」
「…………そんなの、人は誰だってその考えを持ってます。良い人であるべき、それが人の姿だと、授業とかでも習うでしょ」
「じゃあ恵はその学校で習った道徳に従うの?死ぬ間際でも?死ぬ間際に人の事優先できる人がこの世界に何割いると思う?」
「………」
五条先生は親指と人差し指を付けて丸を作って俺に見せた。
「ゼロだよ。まぁ、正確にはゼロでは無い。でもほんのひと握り、何億人に1人の割合だ」
「………」
「名前は善人じゃない。むしろ僕からしたら凄く性格悪く見えるよ。だってヘラヘラして腹の中じゃ何考えてるか分からないよ?考えてないんだろうけどさ。だって善人であるべき≠ネんだもん」
「……」
ヘラヘラして何を考えているか分からない、なんてあんたが言えることじゃない。そう言いたかったけど、何も言えなかった。
「恵、魔法の言葉教えてあげるよ」
「………魔法?」
「そう。名前の本心が現れる魔法の言葉」
五条先生はそう言うとニヤリと笑って、でも、と続けた。
「でも、恵には言えないかな〜」
「………なんですか。その言葉って」
俺が聞くと五条先生は楽しそうに鼻を鳴らして言った。
「名前ってさ、」
その言葉に俺は頭が真っ白になって本気でこの人を殴りたいと思った。