失くしたと思っていた心臓
「…五条さん、」
「………」
「…五条さん」
「…………」
「五条さん!!」
「なんだよ〜…、伊地知うるさい」
車体に寄りかかっている五条に珍しく伊地知が怒ったように大声を出すと、五条は至極鬱陶しそうに眉を寄せた。
「今回の任務は苗字さんには無理です!何故任せたんですか!」
「え〜?なんで無理って決めつけるの?良くないよ〜!生徒の力を決めつけるのは!」
五条の巫山戯た様な態度に伊地知は唇を噛んで、まるで懺悔をするように言葉を吐いた。
「……今回の呪霊は準一級の階級ですよ…!」
伊地知の言葉に五条は至極楽しそうに口元を歪めた。
******
『…………』
気付いた時には蝉の呪霊の体には数え切れない傷に無惨に2つに切られた体が目の前に転がっていた。
『…ハァ、……ハァッ…、』
息を吐いては必死に吸い込んで鼻から流れた血を拭った。倦怠感と虚無感に襲われて膝から崩れ落ちると膝に痛みが走った。
『……………』
首を上にあげて顔を上げると白が視界に入り込んで来た。
『………ご、じょう、せんせい、』
「…うん、生きてるね!上出来、上出来!」
『……………』
だらしなく開いた唇を閉めようとしても力が入らなくて、これが本当の開いた口が塞がらないってやつか、なんてくだらない事を考えて小さく笑うと五条は目隠しを親指で少しずらすとキラキラとした宝石みたいな目が見えた。
「結構やばそうだね。早めに硝子に見せた方が良いかもね」
『………平気、です、』
「………楽しかった?」
『…………ぇ、』
私が小さく声を漏らすと五条先生は目隠しを元に戻して私の隣に腰を下ろした。よくヤンキーがやってる座り方でこの人もしかしてヤンチャな人なのかなって思った。ゆっくりと首を元に戻して視線を五条先生に落とすと、先生は前を見たまま口を開いた。
「いっつも自分を抑え込んでるもんね〜。初めてなんじゃない?誰の事も、周りの事も考えずに自分を解放するなんて」
『………』
「名前ってさ、性格悪いよね」
『………はじめて、言われました、』
「だろうね〜」
五条先生は少し馬鹿にするように鼻を鳴らすと、初めて私の目を見た。出会ってからこの人は私と目を合わせた事が無い。それが目隠し越しだったとしても、この人は私の目を見た事は無かった。
「名前ってさ、」
私はこの人が嫌いかもしれないと、初めて感じた。
*****
「恵」
「………五条先生」
伏黒が共同スペースに腰を下ろしていると、五条が現れて伏黒を呼んだ。
「名前なら硝子の所だよ」
「……怪我の程度は、」
「外傷は無い」
「………外傷は…?」
「慣れないのに呪力を使い過ぎたんだろうね。あらゆる所から血が出ちゃってさ。運ぶのも大変だったよ」
「………どうせ運んだのは伊地知さんでしょう」
「ううん、僕だよ」
「っ!」
意外な回答に伏黒は驚くと、五条は楽しそうに手をプラプラと揺らした。
「いや〜、僕まだまだイケるね!運べるくらいの筋力は残ってたよ〜!」
何を言ってるんだこの人は、と伏黒は表情を消すとそれすらも楽しそうに五条は笑った。相手をするのが面倒になり伏黒は立ち上がって名前の元へ向かおうと足を動かした。
「あっ、そうそう、それとさ、」
五条は如何にも今思い出しました、と言わんばかりの声を出して憎らしく首を傾げた。
「名前、準一級になったから」
その言葉に伏黒が目を見開くと、五条はそんな伏黒を嘲笑う様にまたわざとらしい声を出した。
「それとね、恵」
「……なんですか」
「名前は善人じゃないよ」
そう言って五条は共同スペースを出て行くと、伏黒はその背中に向かって舌打ちを投げた。