どいつもこいつも幽霊のふりをして
「任務先に連れて行ってくれる伊地知だよ」
「…伊地知です。よろしくお願いします」
『よっ、よろしくお願いしますっ!』
お昼を食べて少ししたら五条先生に呼び出された。数日前に言っていた任務に行くらしい。高専の外に出ると真っ黒な車が止まっていて最初は危ない人かと思ったけど、中からは優しそうな男の人が降りてきて安心した。
「…苗字さんの階級は、」
「今は四級だよ」
「四級…!?五条さん!貴方…!」
「はいは〜い!じゃあ現場までは僕もついて行くからさ!安心してよ!」
『はい!お願いします!』
「まぁまぁそんなに固くならないで!ほら乗った!」
伊地知さんが何故か五条先生に怒っていたけど、それを気にしていないのか五条先生は私を後部座席に押し込むように背中を押した。
『結構遠いんですね…』
「疲れちゃった?」
『…いえ、ただあまり長い時間車に乗ってた事がなかったので…』
「確かに!伊地知、もっと飛ばして」
「えぇ…!?」
『いっ、いえ!このままで大丈夫です!道路交通法は守りましょう…!』
私が慌ててそう言うと五条先生は楽しそうにケラケラと笑った。伊地知さんは冷や汗をダラダラと流しながら安心した様に息を吐き出していて、いつも五条先生からこんな扱いされてるのかなって少し可哀想になった。
「………着きました。ここです」
「うっわ〜…、凄い山奥じゃん。山登って砂利道通りだしたから何となく分かってたけど」
『……人の気配が無いですね』
私が小さく言うと五条先生はバシバシと伊地知さんの背中を叩いていた。
「残念だったね伊地知〜!帳下ろせなくてかっこいい所見せられなかったね〜!」
「…いえ、別に私は…、」
帳について…、というか呪霊や呪いについては伏黒くんや五条先生に教えてもらった。覚える事が多くて大変だったけど、覚えの悪い私にも伏黒くんが一生懸命教えてくれたから頑張って覚えた。
「それじゃあ行ってらっしゃ〜い!」
『行ってきます!!』
私は敬礼して歩き出すと、後ろから伊地知さんに名前を呼ばれた。
「苗字さん!」
『はい?』
伊地知さんは眼鏡のブリッチを上げると不安げに私を見て、少し固い声で言った。
「……命の危機を感じたらとにかく逃げてください」
『……はいっ!』
私は2人に一礼してから森の中に足を踏み入れた。この時の私は分かっていなかった。この森の中にどれくらいの強さの呪霊が居たのか。どうして呪霊の情報が開示されていないのか。
どうして伊地知さんが五条先生に珍しく怒りをぶつけたのか。
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『………こんなの、聞いてないよ…、』
私の目の前にいるのは明らかに私が適うような呪霊じゃなかった。だって体が動かない。声が出ない。足が震える。
「ぅ、うえっ、うえっ、したっ、」
意味不明な言葉を話す目の前のまるで蝉を象ったような呪霊に私の奥歯はカチカチと音を立てた。
『…………』
その間も呪霊は楽しそうに蝉の体から何故か生えている足でリズムをとるようにトントンと踊っていた。
『………』
助けて欲しい、怖い、死にたくない。
でもここには、誰もいない
『…………だ、れも、居ない』
そうだ、ここには誰もいないんだから
『……だ、れも、』
取り繕う必要なんて、何処にも無いじゃない
『……………あはっ、』
それじゃあちょっと頑張っちゃおうか、さとるくん
ーーあはははははっ!!
遠くで笑い声が聞こえた。甲高くて耳障りな笑い声だった。今すぐやめて欲しい。耳が痛い。癪に障る笑い声。
『あははははははっ!!!』
あれ?笑ってるの、………私?
『あはははっ!!!』
なんて私の体こんなに血だらけなの?頭から血は出てるし、鼻からも血が出てる。身体中が痛いのに、痛くて仕方ないのに、
『…あ〜…、たっのしぃ〜!!!』
こんなに楽しくて嬉しいの