君のための練習曲
「とりあえず名前弱すぎるから死ぬ程特訓してね」
『おっす!頑張ります!』
「意気込みは良いねぇ!あとは続くかどうかだね!」
『………本当に死んだりしないですよね?』
「………」
『五条先生!?』
五条の足元に縋り付いて涙を流す名前の姿に伏黒は包帯の巻かれた頭を抱えた。
「恵は早く傷を治してもらってね」
『わっ、私もっ、伏黒くんと一緒に参加します!伏黒くんが治るまで付き添います!』
「はい、名前は特訓行くよ〜!」
『えぇ!?今から!?嘘でしょ!?私手足生えたばっかのおたまじゃくしなんですけど!?』
「五条先生!」
「恵も助けたかったら早く傷を治すことだよ〜」
五条は名前の首根っこ掴むとズルズルと引きずって扉を出て行った。五条と入れ替わるように姿を現した家入は白衣のポケットに手を入れたまま首を捻って五条達を見送っていた。
「……騒がしいな」
「…すみません。……あと、出来れば早めに傷治して欲しいんですけど」
「任務でも入ってるのか?」
「…いや、ちょっと用事が…、」
「ふ〜ん…」
家入は特に興味が無いのか適当な相槌を打つとコーヒーを作り出してしまった。
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『真希さ〜〜ん!!』
「本当に元気だな。お前は」
『真希さんに会えるのを楽しみにしてたんです!』
「昨日も会ったろうが」
「本当に名前は真希に懐いてるな」
「しゃけ」
伏黒が傷を完治させ、名前の特訓に付き合う為に運動着に着替えて外に出てみると、名前は2年生達に懐いており、特に真希に懐いているのかベタベタと引っ付いていた。しかし真希も満更では無いのか引き剥がすこともせずに呆れた表情を浮かべていた。
「………あれは?」
「あっ、恵〜!遅いよ〜!」
「五条先生…」
呆然としている伏黒の隣にはいつの間にか五条が立っていた。伏黒が顔を上げると五条はウキウキとしたように声を弾ませ、名前達を指さした。
「嫉妬しちゃう〜?」
「は?」
「な〜んてね!ほら!早く恵も行かないと仲間外れにされちゃうよ〜?」
「…仲間外れってなんだよ、」
『あっ!伏黒く〜ん!』
伏黒が呆れた様に溜息を吐き出すと大きな声で呼ばれ視線を向けると名前がブンブンと右手を大きく左右に振っていた。
「ほら、呼んでるよ」
「……分かってます」
伏黒が足を動かすと五条は嬉しそうに笑っていて、それが癪で歩みを早めた。すると名前がパタパタと伏黒に駆け寄る。伏黒が立ち止まると目の前で名前も立ち止まった。
『怪我は!?もう平気!?』
「…あぁ」
『良かった〜…、心配過ぎてメロン持ってお見舞い行こうかと思ってたの!』
「……なんでメロン」
『お見舞いと言ったらメロンでしょ?』
「間違いでも無いのか……?」
伏黒が首を傾げると、後ろから名前の肩に手を置いて意地の悪い笑みを浮かべる真希が現れた。
「派手にやられたんだってな〜?恵ぃ〜」
「…………………はい、」
「そん時の恵の姿が見てぇわ」
「しゃけしゃけ」
「相手は特級だったのか?恵も大変だったな〜」
棘とパンダまで加わり、一気に騒がしくなり伏黒は眉を寄せる。その中で名前がキラキラと手を輝かせて伏黒を見上げた。一体なんだ、と伏黒は目を細める。
『伏黒くんも私の特訓付き合ってくれるの!?』
「……そういう約束だったからな」
『ありがとう!伏黒くんが居れば百人力だよ!よーし!頑張るぞ〜!!』
そう言って名前は握りこぶしを空へと掲げ、興奮した様に伏黒によろしくおねがいしゃっす!と声をかけた。
*******
「……………ボロボロだな」
『……真希さん、……容赦ない…、』
「……まぁ、動きはぎこち無いが呪具の扱いは最初にしては良い方だろ」
『本当!?』
グラウンドの真ん中に大の字で寝転んでいた名前の傍にしゃがみ込んでそう言った伏黒の言葉に、名前はガバッと勢い良く上体を起こした。それに伏黒は驚いた声を上げた。
『そういえば伏黒は式神?使うんでしょ!?私今なら見れるよ!』
「……それは遠回しに式神を出せってことか」
『そう!!』
「……遠回しでも無いのかよ」
伏黒は大きな溜息を隠すこと無く吐き出すとゆっくりと手のひらで狼の形を作り、小さく玉犬と呟いた。
『………………………』
「おい、望み通り出してやったぞ」
『………………』
「……苗字?」
『……………………かっ、』
「か…?」
『可愛いぃぃぃいい!!』
「…………」
大声を上げて両手を広げた名前を伏黒はジト目で睨んだ。しかし名前は気付かずにジリジリと2匹の玉犬との距離を詰める。その近寄り方が不気味過ぎて2匹は警戒しているのか少しずつ後ろに下がる。
『こっ、怖がられてる……!?』
「そんな寄り方したらビビるだろ……」
『そ、そんなぁ〜…』
名前はガックリと肩を落とし、瞳には涙が溜まっていた。そんな名前の姿に伏黒は眉を寄せてまた溜息を吐き出した。そして慣れたように玉犬の頭を撫でると、その姿を見た名前は伏黒を睨む。
『なっ、なによ!私だってすぐに仲良くなってみせるんだからね!?その人が優しいのはあなただけじゃ無いんだから!勘違いしないでよね!?』
「…何の話をしてるんだ、オマエは」
突然の茶番に伏黒は呆れた様に眉を下げると、名前に声をかける。
「…苗字」
『なに?両手に花を自慢したいの!?』
「いちいち声がでけぇよ。……今なら触れるだろ」
『……………伏黒様っ!!』
「だからうるせぇって」
名前はそろそろと近付いて伏黒に頭を撫でられ気が抜けている玉犬の体をゆっくりと撫でる。
『ふぉぉおおお〜…』
「…なんだその声」
伏黒の声が聞こえていないのか名前は興奮しているのか頬が少し赤くなり、楽しそうに口元を緩めていた。その姿を見て伏黒は、まぁいいか、とほんの少しだけ口元を緩めた。