応援する夏油


『私…、す、好きな人が、できたみたい…』
「…………は?」

同期である彼女とたまたま寮の廊下で会い、何となく一緒に歩いていると、突然そう言われた。

「…好きな人?」
『そ、そう…』

別に自分と彼女は付き合っていないし、ただの同期だ。いや、自分はそんな関係は望んでいない。
叶うなら同期以上になりたいし、なんなら恋人になりたい。
けれど彼女の口から吐き出された“好きな人”という言葉。すなわちそれは自分では無いということ。

「好きな人っていうのは、この学校?」

私の質問に小さく頷いたのを確認して頭の中でリストアップする。まず3年は無い。彼女を好きだと気付いた時から徹底的にガードしてきた。
この歳の女性は年上に憧れやすいから。
それに同期も無い。確かに悟の顔はいいが、中身を知ってしまったら好きにはならないはずだ。
残りは1年。七海か灰原か…。

「どんな人なんだい?好きな人は」
『えっと…、たまに意地悪なんだけど、でも優しくて…、頼りになって…、……あと、女の人にモテる、…かな』

悲しそうに眉を下げてそう言った彼女に胸が痛んだが、相手は絞れた。きっと彼女の好きな人は七海だ。

「……応援するよ」
『…え、』

驚いた様に顔を上げた彼女と視線が交わって、笑みを浮かべる。すると何故か、彼女の表情は一瞬だけ悲しそうに歪んだ気がした。けれどすぐに笑顔に変わって、ありがとう、と言って部屋へと消えていった。

「……さてと、」

応援するつもりなんて微塵も無い。あんなのは口先だけのもの。悪いけど、頭を使うのは得意なんだ。


∵∵


最近、やけに夏油君が私に構う様になった気がする。

「任務?」
『うん』
「なら門まで送るよ」

そう言って夏油君は私の隣に立つと、ニコニコと笑った。それはまぁ、いいとして…。気になるのは距離だ。少しでも私がフラつけば肩がぶつかってしまうほど近いのだ。時々手も触れるし、正直気が気じゃない。

『……あの、夏油君』
「ん?どうかした?」
『…ううん、なんでもない。夜ご飯なんだろうね』

夏油君にとって、なんでもない事なんだ。私と手が触れようと、肩が触れようと、何とも思わない。でもそれが普通なんだ。私達はただの同期だから。


『……ん?』

任務終わりに硝子から連絡が入っていた。確認すると、どうやら明日、同期4人で遊びに行こう、との事らしい。予定を思い出し、明日は任務も何も入っていない事を確認して、メールを送る。
頭の中でどの服を着ていこうか、自分のクローゼットの中身を必死に思い出した。

『……あ、七海君』
「どうも」

高専に着くと、七海君も任務だったのか職員室の前で鉢合わせた。一緒に中に入り、それぞれの担任に報告書を提出する。

『七海君、夜ご飯食べた?』
「任務から戻ったばかりなので、まだですね」
『なら一緒に食べない?』
「はぁ…」

曖昧に頷く七海君と一緒に食堂を目指していると、前から夏油君の姿が見えて右手をあげる。

『夏油君はご飯終わり?』
「………うん。ふたりは?これから?」

スっと目を細めた夏油君はすぐに笑みを浮かべてそう言った。

『今から。1人だと寂しいから七海君と食べようかなって』
「…なら私も行こうかな」
『え?食べたんじゃないの?』
「甘いものが食べたい気分なんだ」

珍しいな、なんて思っていると体の向きを変えて歩き出した夏油君に続いて食堂を目指す。
そしてそこでひとつの違和感に気付いて夏油君を見上げる。隣には七海君が居たはずなのに、いつの間にか夏油君に変わっている。
その後も違和感は続いた。ご飯を食べている時も夏油君は私の隣をキープしていたし、勘違いかもしれないけど、私と七海君が話さないようにしている気がした。

『七海君は、』
「そういえば悟がゲームがやりたいって言ってたよ」
『え、あ、そうなの?』

首を傾げながら答えると、七海君は至極面倒臭そうに眉を寄せて食べ終わるなり先に戻ってしまった。その背中を眺めていると、ふいに夏油君の声が耳を揺らした。

「七海が好きなの?」
『………へ?』

突然の問いかけに思わず顔を上げると、頬杖をついた夏油君も視線が合った。その表情はどこかつまらなそうな、拗ねたような、少し子供のような顔だった。

「この間言ってた好きな人って、七海?」

少し唇を尖らせながらそう言った夏油君の言葉を噛み砕くのに少しの時間を使っていると、机に置かれた私の手に、一回り以上違うであろう大きな手が重ねられた。

「…私に好きな人がいるって言ったのは、協力して欲しいから?」

協力なんて、して欲しくない。私はずっと夏油君が好きだった。でも弱くて、伝える勇気が無い私はいつも硝子に相談をしていた。

『……硝子が、』
「…硝子?」
『硝子が、夏油君に言ってみなって…』

きっと夏油君なら応援してくれる。協力してくれる事は何となく分かってた。だって彼は優しいから。でも、その優しさが、酷く苦しかった。

「……ごめんね」

その一言が、一気に私の心に痛みを与える。気付かれてしまった。私が夏油君を好きだって。
こんな事になるなら、ただの同期で我慢してれば良かった。弱いくせに強欲で、本当に嫌になる。

「…応援する、なんて言っておいて邪魔するなんて、最低だね」
『……え?』
「君が七海を好きなのを分かってるのに…」

ちょっと待って欲しい。私って七海君が好きなの?初めて知ったんだけど…。いやいやいや。そんなわけない。

『わ、私が好きなのは、七海君じゃないよ』
「……え?」

言ってしまえ。どうせここまで来たら行くのは地獄だ。すっぱり振られて、ただの同期に戻ろう。

『私の好きな人は、……夏油君、だよ』

勇気を振り絞って夏油君を見上げると、ポカンと彼らしくない間抜けな表情をしていて、驚いていると、一瞬にして夏油君の顔が真っ赤になった。

『…夏油君?』
「………あー、…うん、…いや、…、」

私の手に触れていない方の手で自分の口元を覆った夏油君は口をもごつかせているようだった。

『…ごめんね、迷惑だよね…』
「そんな事は無い!」

夏油君らしくない大声に固まると、バツが悪そうに視線を逸らして、ポツリと蚊が鳴く様な声で言った。

「……私も、…君が好きだ、」
『…………え!?』

チラリと私を見た夏油君と視線が交わったけど、お互いすぐに視線を逸らし、重なった手だけが熱くて。同時に口を開いた瞬間、

「あれ〜?オマエらもつまみ食い?」

食堂に五条君ののんびりとした声だけが響き渡った。





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