祓本の五条と同窓会で再会
「あー!久しぶり〜!」
「ほんと〜!久しぶりだね!」
そんな声が色んな場所で行き交う結婚式会場。でも今日は行われているのは結婚式では無い。
同じ学校に通っていた人間が集まる、所謂同窓会というやつだ。
「五条君来たりするかな〜?」
『来ないんじゃない?』
五条悟ーーこの名前を知らない人は居ないだろう。今をときめく超有名なお笑い芸人だ。
話が上手いのは当たり前。コントも漫才も熟し、その顔は造形物の様に整っている。
そして、私の元恋人だ。
「え〜…、ざんね〜ん…」
恋人と言っても、学生時代に付き合っていただけで、向こうは私の事なんてきっと覚えていない。
数年も前の話だし、相手は今や芸能人。少しでも付き合えた事を誇りに思おう。
「あっ、前田君居るよ!」
『前田君?』
「めっちゃイケメンってモテてたじゃん!五条君程じゃないけど!」
それだけ言うと友人はその前田君とやらの方へと行ってしまった。私は別に1人でも苦痛を感じる人間では無いし、折角高いお金を払っているんだからお酒と食事を楽しんだ方がお得だ。なんて思っていると、突然会場が騒がしくなって、音の原因を辿ると、会場の扉に人が集まっていた。
『…芸能人でも来たの?』
冗談のつもりで言った言葉が本当になるとは思わなかった。扉の近くに白髪が揺れているのが見えて、思わず目を見開いてしまった。
まさか五条君が同窓会に来るとは思わなかったから。
「ちょっ、ちょっと!五条君来たよ!」
『…そうだね。意外…』
彼みたいな有名人が、同窓会に来るなんて…。
そんな事を思いながらも私には関係無いと、またお酒を煽る。するとバシバシと友人が私の肩を叩くから、眉を寄せて文句を言う為に口を開く。
『ちょっと、お酒零れる』
「ごっ、五条君!歩いてるって!」
『は?そりゃ歩くでしょ』
「そうじゃなくて…!!」
何をそんなに興奮しているんだ、と呆れながら机に乗った豪勢な料理を摘もうとトングを持ち上げる。するとその近くに綺麗な手のひらが置かれ、顔を上げると、宝石の様な瞳がサングラス越しに見えて呼吸が止まった。
「久しぶり」
『……あ、うん。久しぶり』
「元気だった?」
五条悟だ。本物の。テレビで見てた通り、顔の作りはまるで彫刻品のようだった。まぁ、学生の時からそうだったけど。
「同窓会来てたんだ」
『まぁ…。一応ね』
思ったよりも普通に話せている自分に驚きながら、本当に顔が整ってるな、と改めて感心する。
私なんかがこの人と付き合ってたなんて未だに信じられない。
『仕事は平気なの?』
「んー、まぁ。明日は夕方からだし」
『売れっ子芸人さんは大変だね』
笑ってそう言うと、サングラス越しに五条君の瞳が細められた。
「ちょっと話さね?」
『私と?』
「うん」
もしかしたら芸能人扱いに疲れてしまったんだろうか。周りをチラリと確認すると、少し距離を撮っているみんなが目に入る。これは確かに居ずらいかもしれない。
『いいよ。テラス行く?』
「いや、酒も飲みてーし、端に移動しようぜ」
部屋の中で端へと移動して、新しいお酒を受け取り五条君と言葉を交わす。
すると段々と昔を思い出して、そういえば五条君との別れは自然消滅だったな、なんて思い出す。
突然、数ヶ月連絡が取れなくなって、あぁこれは別れたんだ。って気付いて彼の連絡先を消した。
そうでもしないと未練が残りそうだったから。
きっと彼は芸人になる為に頑張っていたんだろうって今なら分かる。
『ふふっ、本当に話上手いね』
「今流行りの芸人なもんで」
『凄いよね〜…。私とは別世界の人だ』
飲み過ぎたせいか、少し霞つつある意識を必死に繋ぎ止め、手に持ったグラスを眺める。
カラン、と音を立てた氷の音に少しだけ心臓が跳ねた気がした。
「……それじゃ嫌なんだけど」
『…五条君?』
真剣な表情でグラスを持った私の手を包み込み、五条君はさっきまでとは打って変わった硬い声で言った。
「オレは、」
包まれた手が異様に熱くて、その熱が体全体に移ったように心臓の動きが早くなって、視界がぐにゃりと歪む。体が温もりに包まれた瞬間、意識を失ってしまった。
∵∵
『…………ん、』
鳥の囀りと朝日の眩しさで目が覚めて、ゆっくりと上体を起こす。今日は仕事だったっけ?休みだっけ。必死に頭を働かせて、そういえば昨日は同窓会だった、と思い出し、仕事が休みだった事に安堵する。
『………………んん?』
意識がハッキリとし始めた頃、ここが自分の家じゃない事に気付く。途端に冷や汗が溢れ出し、慌てて周りを確認する。
『…ッ!?』
私の隣を確認すると、白髪が布団から覗いていた。嘘だ、まさか。なんて思いながらゆっくりと布団を下へとさげると、絵画のように整った寝顔を披露する五条君が居た。白目を向きながら人生の終わりを悟っていると、ガシッと腕が捕まれ、心臓が大きく跳ねる。
『ヒィッ…!』
「……………」
『…お、おはようございます…、』
眩しそうに眉を寄せながら私を見上げた五条君は大きな溜息を吐き出した。
「…逃げようとか思ってたでしょ」
『………そんな事は、』
まさにその通りで視線を逸らしながら答えると、五条君はジト目で私を睨んだ。冷や汗を流しながら苦笑を浮かべると、五条君は頭を掻きながら上体を起こした。
「……言っとくけど、何も無かったから」
『本当!?』
「…なんで嬉しそうなんだよ」
そりゃ嬉しいに決まってる。お酒の勢いで芸能人と寝てしまったかもしれないという過ちは無かったと分かったんだから。ニコニコしている私を見ると、五条君は目を細めてズイッと顔を寄せた。
「……キスはしたけど」
『……え゛ッ』
「何嫌な顔してんの?」
『いたっ、痛いっ!』
頬が抓られて瞳に涙が浮かぶ。だって、そんなの嘘だ。今まで一度だってお酒で失敗した事なんて無い。今回に限って、そんな…。
「それに、オレは別れたつもりも無かったし、未だにオマエの事が好きだから無理矢理スケジュールズラして同窓会に参加したんだよ」
思いがけない言葉にフリーズしてしまった。今、五条君はなんて言った…?別れたつもりは無い?私が好き?
『五条君って、そんな冗談言えたんだ…』
「本気だっつの」
キラキラと宝石の様に輝く瞳に見つめられ、勝手に頬が熱くなる。騙されるな。相手は超有名人。うんうん。そうだ。私なんかが、
「けど、オマエの事だから別れたつもりなんだろうし、オレが芸能人だから、とか思ってんだろ」
『だっ、だって、本当の事だし…』
「だからオレもそれなりに考えた」
五条君はベッドの隣に置いてある棚から小さな箱を取り出すと、私の前でカパッと開いた。
「結婚を前提に付き合って」
『………………はい?』
「それはOKって事だよな」
『違う!聞き返す、はい?だから!』
「でも、はいって言ったろ」
顔を寄せて揚げ足を取る五条君から距離を取る為に上体を逸らすけど、彼の指が私の髪に触れて、耳にかけられる。
「…まじで好きなんだよ」
『ご、じょうくん、』
「オレと付き合って。オレのそばに居ろよ」
真剣な声と表情に既に心臓はうるさいし、体だって熱い。五条君の顔が傾いてゆっくりと瞼が閉じられる。受け入れてしまっている私は、きっと連絡が取れなくなったあの日から今日まで、ずっと五条君が好きだった馬鹿な女だ。
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