粘り勝ち
「お前さ、恵の事嫌いなんじゃなかったのか?」
『…え?』
階段に腰をかけている真希の言葉にパンダの受け身特訓を受けている野薔薇の姿を真希の隣で眺めていた名前が顔を横に向ける。すると真希のレンズ越しの瞳と視線が交わった。
『……伏黒くん?苦手だったっけ…?』
「怖い、怖いって言ってたろうが」
『……あ、確かに!言ってたかも!』
名前は思い出した様にポンと手のひらを叩いた。すると真希とは逆の名前の隣に座っていた棘が「ツナツナ」と後ろを指さした。名前と真希がつられて顔を上げると話に上げられた伏黒が立っていた。
「遅せぇよ、恵」
「任務があったんですよ」
「すじこ」
『お疲れ様〜』
棘と名前が伏黒を労うと、本人はなんでもない様に無表情のまま「あざっす」と言って名前の真後ろに腰を下ろした。
『どんな任務だったの?』
「宿儺の指を探しに行ったんですけどガセでした。まぁ五条先生の嫌がらせだったんでしょうけど」
『…そっか〜、残念だったね…』
「苗字さんは?」
『私?私はずっと野薔薇ちゃんの受け身練習見てた〜』
「へぇ〜」
名前は上体を捻りながら伏黒と会話を続けていると真希がジト目で名前と伏黒を見比べて口を開く。
「それで?ビビってた名前を恵はどうやって落としたんだ?」
「ビビってた…?」
『ビッ、ビビってないよ…!?』
「恵の目付きが怖い〜って言ってたろ」
「しゃけ」
『と、棘まで!』
名前は慌てて伏黒の方へと振り返り弁解しようと口を開いたが、伏黒は特に怒りを表すことも無く慌てている名前を見て首を傾げるだけだった。
「いくら」
『だから怖がってないってば!』
「伏黒くん怖い〜って私に泣きついてたくせに」
『いっ、今は怖くないんだから問題無いでしょ…!?』
「やっぱりビビってたんじゃねぇか」
「すじこ」
『少なくとも2人よりは伏黒くんの方が優しいよ!』
「……まぁ、そうですね」
「なに肯定してんだ」
真希は伏黒の頭に手刀を落とすと、伏黒は鬱陶しそうに上体を起こすと眉を寄せた。
「お〜い!次は名前だぞ〜!」
『……ワタシパンダ、ニンゲンノコトバ、ワカラナイ』
パンダの言葉に名前は冷や汗を流して視線を逸らした。けれど無常にもパンダはドスドスと近づいて名前の首根っこを掴むと引っ張って行ってしまった。伏黒は野薔薇を探し、見つけると野薔薇は地面に倒れ口から魂のようなものが出ていた。
『……て、手加減してください…』
「オレパンダ、ニンゲンノコトバ、ワカラナイ」
『酷い……!!』
名前は顔を青くして両手を伸ばしてパンダから距離を取ろうとすると、伏黒は少し溜息を吐いて立ち上がる為に両手を膝に乗せた。けれど真希に名前を呼ばれ伏黒は腕の力を抜いた。
「恵」
「…なんですか?」
「名前を助けに行くのか?」
「…まぁ、はい。苗字さん受け身下手くそなんで」
「下手くそだから特訓すんだろ」
「しゃけしゃけ」
「優しくするだけが名前の為になるわけじゃねぇぞ」
「……分かってます」
伏黒は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると真希は楽しそうにニタリと笑った。
「さっき聞けなかったが、どうやって名前を懐かせたんだよ」
「…はァ?」
「あんだけビビってたのに今じゃ恵の腰巾着みたいになってるだろ?」
「……別に何もしてませんよ」
「へぇ〜?」
「高菜」
「本当に何もしてませんよ」
「何もしてねぇのにあんなに懐くかねぇ?最近じゃ伏黒くんは優しいんだよ〜ってうるせぇったらありゃしねぇ」
「明太子、こんぶ」
「あぁ、棘の言う通りだな。恵の優しさはただの優しさじゃねぇもんな?」
「……何が言いたいんですか」
伏黒の言葉に真希と棘は悪人の様にニターっと笑った。
「…恵の優しさには下心≠ェあるもんなァ?」
「………」
「いくら」
「仕方ないよなァ〜、名前の事大好きだもんなァ?」
「……悪いですか」
「悪いとは言ってねぇだろ?」
「しゃけ」
「そうだな。ただ面白がってるだけだ」
伏黒は言い返そうと口を開いた時、高い悲鳴が響き渡って伏黒は慌てて顔を上げる。
『ぎゃあああああああああ〜!!』
「ほら〜!行くぞ〜!」
『離さないで!足掴んだままでいいから離さないで!!落ちる!!落ちるから!』
パンダは砲丸投げの様に両手で名前の足を掴んでグルグルと回し続けていた。すると「3、2、1〜!」とカウントダウンをすると空めがけて名前を放り投げた。
『嘘でしょおぉぉおおおおぉぉぉ!?』
名前は涙を流しながら来るであろう衝撃に体を硬直させて瞳をギュッと握ると突然、軽い衝撃に襲われて温もりに包まれた。
「……大丈夫ですか?」
『………………………伏黒くん?』
名前が瞳を開けると伏黒の顔が近くにあり状況を整理するように辺りをキョロキョロと見渡すと、背中と膝裏に温かさを感じて横抱きにされている事に気付いた。
『ごっ、ごめんね!重いよね!?』
「いえ、別に」
名前は恥ずかしそうに頬を染めると顔を隠すように頭を下げた。
「……苗字さん?大丈夫ですか?」
『だ、大丈夫…、』
「でも…」
『……あ、あの、伏黒くん、』
「はい」
『は、恥ずかしい…、から、…お、下ろして…、』
伏黒は驚いた様に目を見開いて名前を見ると、髪の隙間から見える耳が赤く染まっていて伏黒は胸を高鳴らせる。
「……あそこに花が飛び散ってて不快だな。野薔薇、雰囲気ぶち壊してこい」
「馬に蹴られるのはごめんですよ〜」
「にしてもなんで名前は恵に懐いたんだろうな?」
「あぁ、それは私が伏黒に名前さんの好きなお菓子を教えてプレゼントしたんですよ」
「………やっぱりなんかあったんじゃねぇか」
「……しゃけ」
「つまりは餌付けだな」
真希は呆れた様に肩を落とすと未だに甘い雰囲気を醸し出している2人を見やる。
すると野薔薇は自分の髪を弄りながら興味が無さそうに言葉を続ける。
「ちなみに伏黒ってむっつりだし執拗いですよ。それに外堀から埋めてくタイプ」
「……あ〜あ、名前はもう逃げらんねぇな」
「しゃけ」
3人は可哀想な目を見る様に視線をやると名前は真っ赤にした顔を両手で覆ったまま、未だに伏黒に抱えられていた。そんな名前を愛おしそうに、楽しそうに眺める伏黒がいた。
『…伏黒くん、下ろして…、』
「嫌です」
『うぅ〜…、』
「…まぁ、あれだな」
「…しゃけ」
「リア充爆発しろ……ですね」
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