6話 失う事の恐怖
額が痛い。
『お願いします』
「駄目だ」
『…お願いします』
「駄目だ」
『……お願いします』
「何度でも言う。駄目だ」
私は今、胡座をかいている杏寿郎様の前で額を擦り付けて土下座をしていた。
『……鬼殺隊に入隊したいです。稽古をつけて頂けませんか』
「駄目だ」
『……杏寿郎様がお忙しいのは分かっています。なので稽古の事は諦めます。稽古は自分で行います。なので、力が付いたら鬼殺隊に入隊をする許可を頂けませんか』
「認められない」
『…………理由を、お伺いしても宜しいですか』
私は床に付いた手はそのままに顔だけを上げる。額に畳の痕が付いている気がするけれどそんな事はどうでもよかった。杏寿郎様はいつもの様な表情では無く、眉を寄せ口を噤んでいた。
「………鬼殺隊は命懸けで鬼を斬ることが仕事だ」
『…はい』
「いつ命を落とすか分からない」
『……はい』
「…なのに何故、鬼殺隊に入隊したい」
私は床から手を離し、拳を握り膝の上に乗せる。
『………心配したいんです』
「……」
『私にも、杏寿郎様の心配をさせて欲しいんです。……でも、私は力が無いから、』
「…心配する事と、力が無いこと。関係は無いはずだ」
『………私にとっては、大きな関わりがあるんです。鬼殺隊はいつ命を落とすか分からない…。杏寿郎様は柱で、私なんかが心配する必要など無いのは分かってます。…でも、不安、なんです、』
「……」
『…明日…、今日かもしれない、最後の日を私はただこの屋敷で待ってる事しか出来ない。それが堪らなく嫌なんです』
「俺は強い。だから死なない」
『分かっています。強い事も、私との約束を守ってくれる事も…、それでも私は、杏寿郎様と肩を並べ、心配しても許される地位に居たいんです』
「………それでも、許可は出来ない」
『ーっ、』
固い意思を感じられる杏寿郎様の声に体にグッと力が入る。そしてゆっくりと私の名前を呼んだ。その声にはやはり少しだけ硬さが残っていた。
「……名前」
『……はい』
「君は、心配したいからだと、言ってくれたな」
『はい』
「その言葉に嘘が無いことは分かる。……しかし、」
しかし、そう言った瞬間に空気がガラッと変わったのが分かった。重々しく、1歩も動けない。勝手に唇が震えてガタガタと歯が音を鳴らす。私は初めて、この人に恐怖を感じた。
「……しかし、君の真意は違う様に見える」
『っ、』
「鬼殺隊に入隊したいと言った君の瞳には、生きたいという意思が見受けられない」
『……』
「そんな人間は鬼殺隊には要らない」
『……』
私が手のひらをグッと握り下を向くと、フッと空気が軽くなり私の目の前に杏寿郎様が腰を下ろした。
「………理由を聞かせてくれないか。君が…、名前がどうして鬼殺隊に入りたいのか」
『…………』
この人を守りたい。輝く未来に連れて行きたい。生きて欲しい。どうしても。
ーーー代わりに私が死ぬ事になったとしても
『…………言え、ません、』
「どうしてもか?」
『………どうしても、言えないのです』
「……………そうか」
私がそう言うと杏寿郎様は静かに立ち上がり腕を組んだ。
「……入隊する事は認められない」
『……』
そう言って部屋を出て行くために襖を開けた。私はただただ綺麗に編まれた畳を睨む事しか出来なかった。
「……名前」
彼は襖を開け、立ち止まり振り返る。視線を感じてゆっくりと畳から顔を上げると、その瞳は真っ直ぐで、強かった。
「死のうとしている人間には誰も救えないぞ」
『…………っ、』
私は涙を堪える為に唇をギュッと噛んだ。唇からは血の味がした
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