5話 変化の時
外の天気が良くて清々しい気持ちで洗濯物や布団を干していると地面に敷き詰められている砂利が擦り合う音がして振り返ると杏寿郎様が立っていた。それに対して私は目を見開いた。
『……杏寿郎様!?』
「よもやよもやだ!」
『うっ、腕っ!腕から血が!!』
彼の腕からは血が流れて、私は慌てて駆け寄ると彼は他人事の様にただ笑っていた。
「今日は暖かいからな!洗濯物も乾くだろう!」
『洗濯物はどうでもいいです!はっ、早くっ、止血しないと!』
「呼吸で止血は済んでいる!心配はいらない!」
『布っ、布で血をっ、』
「大丈夫だ!このくらいは怪我にも入らない!」
『…………』
「名前?」
さも当然の様に言葉を続ける彼に、私はガツンと頭を殴られた様な強い衝撃を受けた。彼にとっては本当にどうってことはないのだろう。分かっている。……分かって、いるのだ。
杏寿郎様の一言に私は両腕をだらりと下げると、彼は私の顔を覗き込んだ。その視線から逃れる様にふいっと視線を横に向けた。
『……心配すら、させてもらえないんですね』
「ん?」
『………』
私は自分の無力さに唇をグッと噛むと、怪我のしていない方の手で杏寿郎様に頬を包まれる。
「あまり強く噛んではいけない。血が出てしまう」
『……こんな傷、大したことはありません』
「それでも駄目だ」
私の唇から血が出る事なんて無く、もし唇が切れたとしてもそれは彼の怪我の比にもならない程の小さな傷だ。
『………私なんかを、大切にして頂ける事は凄く嬉しいです。杏寿郎様と出会ってまだ数月しか経っていません。……それでも、私は杏寿郎様が大切です。勝手だけど、家族だと思ってます』
「………俺も君の事は家族同然だと思っている」
『ーっ、なら!どうして心配すらさせて貰えないのですか!?私が無力で非力だからですか!?………家族の心配をするのは、おかしいですか、』
私は何度、この人の前で涙を流すのだろう。見た目は子供、けれど中身は彼よりも幾つも歳は上なのに、どうしてこうも甘えてしまうのか。
「………よもや。君に家族を問われるとはな」
『………無礼を働き、申し訳ありません。出過ぎた真似をしてしまいました』
彼の前でボロボロと涙を流した事が恥ずかしくなり、我に返って静かに表情を隠すように手の甲で涙を脱ぐって言葉を紡ぐ。
すると杏寿郎様は小さく息を吐いて眉を少し下げていた。
「今回謝るべきは俺の方だ。…すまなかった」
いつもとは違い静かに言った杏寿郎様は私の体を優しく抱きしめた。その温もりに、また涙が溢れた。
ーーあぁ、この人は生きている。生きて、私と今、ここに居る。
この人が居なくなった世界を想像してゾッとした。
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