4話 お礼の品




少し慣れた屋敷に大きく、真っ直ぐな声が響いていた。


「うまい、うまい!」

『杏寿郎様』

「うまい!…うまい!」

『杏寿郎様!』

「ん?どうかしたか!」





私が作ったご飯から顔を上げたのを確認して、私は姿勢を正す。



『…奉公に出ようと思います』

「この家にか!君はもうこの家の奉公人だ!」

『いや、違います。他の方の所へ奉公に出ようかと』

「む?何故だ?…そうか!賃金が低かったか!」

『そんな事はありません!むしろお金を頂いている事が可笑しいのです!ここに住まわせて頂けるだけで十分です!』

「ならばどうしてだ?」

『…杏寿郎様が鬼殺隊として働いている中、私はここで帰りを待って居るだけです』

「あぁ」

『………歯痒いんです』

「歯痒い?」

『何も出来ない私を杏寿郎様は優しいから何も言わずに置いてくれますが、私は嫌です。少しの家事を行うだけで住まい、お着物まで…、ましてや賃金まで頂いて…、ですから少しでも自分の手でお金を稼ぎ、恩返しがしたいです!』

「………なるほど」




人として、……大人として自分より歳下の男の子に、ましてや命をかけて戦っている杏寿郎様にこれ以上お世話になる訳にはいかない。そんなくだらない大人としてのプライドだった。



すると杏寿郎様は腕を組んで考える素振りをすると、1度頷いた。私は許して貰えた事が嬉しくて立ち上がった。



『ありがとうございま、』

「必要無いな!」

『………え?』

「奉公に出る必要は無いと言ったんだ!」

『……いや、でも、少しでもお金があった方が煉寿郎様も…』

「俺は今のままで十分だ!」

『でも…、』

「この話は終わりだな!」




そう言ってまた食事を始めてしまった杏寿郎様に私は何も言えなかった。



*****



奉公に出たいと話した日から数日がたった頃、私が居間で着物を縫っていると襖を開けて中に入ってきた杏寿郎様が私をじっと見下ろした。



「新しい着物を買いに行くか!」

『いえ!大丈夫です!まだまだ着れますから!』

「けれどその着物も俺の母が着ていた物だ。君自身の着物があってもいいと思うが」

『お気持ちは嬉しいのですが、私はこのお着物が気に入っているのです…。とても綺麗で…。他のお着物も綺麗ですが私はこれが良いんです』

「…ならば羽織を買うのはどうだ?」

『羽織…、ですか?』




私が首を傾げると杏寿郎様は力強く頷いた。




「寒さも厳しくなる!羽織があった方が良いだろう!」

『…確かに最近は少し肌寒いですね』



私がポツリと零すと杏寿郎様は「ならば行くぞ!」と私に背を向けた。私は慌てて立ち上がって彼に声をかける。



『杏寿郎様は戻って来たばかりじゃないですか!私ひとりで大丈夫です!これ以上杏寿郎様に迷惑をかけるわけには!』

「ん?」



私がそう言うと杏寿郎様はよく分からない様な顔をして振り返り、腕を組んで首を傾げた。



「俺がいつ君に迷惑をかけられた?」

『…へ?』


そう言って杏寿郎様は私を大きな瞳で私の目をじっと見つめた。少しもズレない視線に私はたじろいだ。



『こっ、このお屋敷に置いてもらっていることも…、』

「それは俺がそうしろと言ったからだ!」

『それにっ、お着物も貰ってしまって、』

「俺が持っていても着物を無駄にしてしまうだけだからな!むしろ俺がお礼を言いたいくらいだ!」

『そっ、それにっ…、』

「全て俺がしたくてしている事だ。俺の方が君に迷惑をかけてしまっているな」



そう言って杏寿郎様は私の頭を優しく撫でた。この人のこういう所が苦手だ。温かくて、優しくて、私に謝らせてもくれない。なのに私の不安を取り除いてしまうこの人が堪らなく苦手だ。



『……羽織の代金は、自分でお金を出します』

「君がこの屋敷に来て全ての家事を受け持ってくれている。その礼だ。俺に贈らせてくれ」



そう優しい音で言われてしまい私はただ口を結ぶことしかできなかった。








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