40話 たったの5文字 されど大切な




『……炎の呼吸は強いんだ、』



名前は子供のように膝を抱えて顔を埋めるて座り込むとポツリ小さく言葉をこぼすと晴れていたはずの空が厚い雲に覆われ名前の辺りを暗くしていく。




『……全部分かってたのに、どうして救えない。どうして生き残ったのが私なんだ、』

「…………名前、」

『救うはずだったのに…、実際はどうだ。……ただの足でまといだ、私が居なければあの人は勝っていたかもしれない…、私が居たせいで全力で力が振るえなかった…、』

「名前、」




名前の言葉に炭治郎はポロポロと涙を流した。




『……今まで、死なんて遠いものだったのに、ここに来てから、死がずっと隣にある…、それに気付いたのがあの時だなんて笑える、………こんな私に、誰かを救えるわけが無かった…、なのに少し強くなったからって調子に乗ってたんだ…、』




酷く震えた声なのに顔を上げた名前の瞳から涙が流れることは無い。けれどその顔は酷く歪み、今にも泣き出しそうだった。



「…名前」



炭治郎は日陰に禰豆子の入った箱を置くと中から何かを取り出して名前の前に膝を折って座るとそれを名前に差し出した。




『………これは、』

「煉獄さんから頼まれたんだ。これを名前に渡して欲しいって」




炭治郎が差し出したのは煉獄のーーー羽織だった。炎のような羽織に無意識に手を伸ばし、止める。



『……受け取れるわけ、無い』

「それでも煉獄さんは名前に託したんだ」

『どんな顔して受け取れって言うんだよ、……剣士を辞める私に』

「名前は辞めない」

『………お前に関係無いだろ』

「関係無くない!!俺も煉獄さんから想いを託された!名前は炎の呼吸を託された!名前は煉獄さんの意志を!想いを!全てを託されたんじゃないのか!煉獄さんの継子なんだろう!」

『……継子、継子うるさいんだよ!!』

「ーっ、」




名前は叫ぶと炭治郎が持っていた羽織を叩き飛ばす。炭治郎は一瞬羽織を目で追うと青筋を浮かべる。


『その継子である私は師であるあの人すら救えない!!何の為に継子になった!何の為に力をつけた!!槇寿郎様の言った通りだ!才能が無いのに剣士などやっていたって意味が無い!誰も救えない!!……私は、あの人の様にはなれない…!!』




炭治郎は静かに立ち上がり、煉獄の羽織を拾うと土埃を払いまた綺麗に畳んで名前に差し出した。



「………それでも、煉獄さんは名前に託したんだ」

『………』




静かに、けれど芯のある声で炭治郎は言った。





「胸を張って生きろ、煉獄さん真っ直ぐにそう言ったんだ」

『……』




ーー知ってるよ。あの人の最後の言葉は直接聞いてはいないけど、知ってる



「そして、名前にも言葉を預かった」

『……私に?』



炭治郎の脳裏には煉獄の姿が焼き付いていた。



ーー「弟の千寿郎には自分の心のまま正しいと思う道を進むよう伝えて欲しい。父には体を大切にして欲しいと、」

「名前には、これを…、」



そう言って煉獄は自分の羽織は少し掴んだ。



「……名前は俺の羽織を気に入っているらしい。本当なら羽織を買ってやりたかったが、……それはもう出来ない。だからこれを渡して欲しい」




炭治郎が涙を流しながら何度も頷くと煉獄はまた優しく微笑んだ。



「そして名前には一言だけ、頼む」




煉獄は炭治郎を真っ直ぐに見つめた。けれどその瞳は炭治郎を見てはおらず、煉獄の瞳にはただ一人が映っていた。


そしてその瞳には愛しい人を見つめる甘さ、優しさ…、言葉に表せない色々な感情が含まれていた。煉獄は優しく目元を緩めると真っ直ぐに、まるで赤ん坊に話しかける時の様に酷く優しい声で言った。





「ーーー愛している」






その瞬間、炭治郎は煉獄から嗅いだことの無い匂いを感じていた。


優しさ、愛情、信頼……、言葉では表せないような色々な匂い。



そして、穏やかな匂い




死ぬ間際の人間からは絶対に発せられる事の無い、柔らかく優しい匂いに炭治郎は目を見開き、心がじんわりと暖まるのを感じた。




「きっと俺はまた名前を泣かせてしまうな…」




そう言って煉獄は困った様に、けれど嬉しそうに笑った。






『ど、うしてっ、どうしてそんなことっ、』




煉獄が亡くなってから一滴も流さなかった名前の涙が堰を切ったようにボロボロと流れ落ちる。




『そんなことっ、一言も言ってくれなかったのにっ、』

「……それぐらい、名前が大切だったんだ。きっと」



その瞬間、小さく風が吹き羽織からふわりと煉獄の香りが名前の鼻腔をくすぐった。



『ーっ、』




ーー俺は君を信じている。大丈夫だ。君は俺の自慢の




ーー大切な愛弟子だ



名前の視界の端で煉獄の羽織が風に揺られ、頭に手のような温もりを感じた。





『っ、やっぱり、ずるいですねっ、あなたはっ、炭治郎に託してっ、私には、言ってくれないっ、』



名前は炭治郎が持っていた羽織を受け取ると胸に抱え込み抱きしめる。


「………」


名前が羽織を抱きしめている姿が炭治郎にはまるで、煉獄に抱きしめられているような姿に見えた。




『私だって、同じだった…!私だって、貴方を…、』



空を覆っていた雲がゆっくりと散っていき、名前を照らし出す様に陽光が差した。



『煉獄さんをっ、愛しています…!』



キラキラと名前の涙が太陽の光に反射してポタリポタリと地面に吸い込まれていく。



ーー竈門少年



「ーっ、」


ーーあとは頼んだぞ



きっとただの幻聴に過ぎない。けれど炭治郎はグッと気を引きしめる。



「……はい!」



子供の様に大声を上げて泣き叫ぶ名前の頭上の空には煉獄の鎹鴉が鳴き声を上げて飛んでいた。













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