39話 鏡に反射させる
門の前に千寿郎・炭治郎、そして名前が立ち、千寿郎は2人に頭を下げた
「お話ができて良かった。お気をつけてお帰りください」
「いいえ、こちらこそありがとうございました」
「名前さんはお怪我はもう大丈夫ですか?」
「そういえばどうして名前はここに?」
『……千寿郎様に会いに来たけど、傷が開いて気を失ってた』
「……それは大丈夫と言うのか?」
炭治郎の問いに名前は聞こえていないかのように視線を逸らす。すると千寿郎が炭治郎に何かを手渡す。
「そうだ炭治郎さん、これを……、」
『……』
「兄の日輪刀の鍔です」
「い、いただけません!こんな大切なもの…俺は、」
「持っていて欲しいんです。きっとあなたを守ってくれる」
「…………ありがとう」
炭治郎は受け取ると名前と共に、煉獄の生家を後にした。
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「…そういえば千寿郎君が煉獄さんに継子が居ないと言っていた」
『……』
「名前は煉獄さんの継子では無いのか?」
蝶屋敷への帰り道、ふと炭治郎が名前に問いかける。
『………私はもう、剣士を辞める』
「………え、」
名前の言葉に思わず炭治郎は歩みを止めた。そして振り返った名前の表情はなんの感情も読み取れなかった。
「……ど、どうしてだ?傷か?傷なら蝶屋敷で…」
『傷は関係無い』
「なら、どうして、」
『……剣士を続ける意味が無くなったから』
「………意味?」
炭治郎はおぼつかない足取りで名前に1歩ずつ近づく。
「名前が、煉獄さんの意志を継がないと、」
『ーっ、』
「ガァッ、」
名前は炭治郎の隊服の胸倉を掴むと塀に押さえつける。
『……お前に、何が分かる。たった一日、一緒に居ただけのお前に、』
「名前っ、」
『私は元々隊士じゃない…、私は…、誇り高い鬼殺隊の隊士にはなれなかった!!』
炭治郎は名前の言葉の意味が分からず、苦しさと相まって眉間に皺が寄る。
『鬼殺隊の隊士が救うべきは人々だ。……けれど、私が救いたかったのはたった一人…、』
「……」
『………その人がいない今、私が隊士を続ける意味は無い』
名前が手を離すとズルズルと炭治郎は座り込む。
「……あの日から、ずっと名前から憎しみの匂いがするんだ」
『……』
「悲しさや苦しさの匂いよりずっと濃い…憎しみの匂い」
『………』
「……名前はずっと、自分を憎んでるんだ。鬼よりも自分を強く憎んでる…」
名前は手のひらを強く握るとお腹の傷がジクリと痛んだ。
『私のせいで、あの人が死んだ…』
「違う!名前のせいじゃ…」
『じゃあ誰のせいなんだ!?私じゃないなら!!』
「ーっ」
名前から発せられた憎しみの香りに炭治郎が息を飲むと名前は座り込んでいる炭治郎の胸倉を掴む。
『どうしてあの人が死んだ!!強いあの人が!あの時お前は何していた!!ただ見ていただけだ!!』
「ーっ!!」
『何もできないくせに…!弱いくせに…!!偉そうな事を言うな!!』
「〜っ、俺だって!!必死だった!!」
『っ、』
名前の言葉に青筋を浮かべた炭治郎が名前の隊服を掴み叫ぶ。
『そんなに強い呼吸が使えるなら助けろよ!!お前のせいであの人が死んだんだ!!』
「助けたかった!!俺が弱い事は俺が一番分かってる!でも強くなるのに近道なんてない!!だからっ!だから俺はこれからもっと強くなるんだ!」
『強くなったって誰も救えない!!お前には誰も救えはしない!!』
「救う!!もっと強くなって!!煉獄さんのように!!」
お互いの顔を引っ掻いたり、殴ったりを繰り返し2人の隊服は土埃で汚れ傷が開き隊服を血で汚す。
『お前に力が無かったからあの人が死んだ!死んだ人は帰って来ない!!これからどんなに強くなろうと帰ってこないんだ!!』
「だからっ!だから!もう誰も死なせない為に強くなるんだ!!」
『死ぬ!人は簡単に死ぬんだ!目の前で!どれだけ足掻こうと私たち人間では鬼には勝てない!無理なんだよ!お前じゃ!目の前の人すら救えないお前じゃあ!』
「ならどうするんだ!足を止めて蹲っても時間の流れは止まってくれない!止まっている間に罪の無い人達の命が奪われていく!!それでも見ないふりをするのか!!」
『そうだ!どうせ私が何をしたところで何も変わらない!足でまといなだけだ!!ならっ、なら!蹲っている方がよっぽど利口だ!!』
「ーっ、ふざけるなぁ!!!」
『あの人さえ居れば!あの人が居ればもっと沢山の人が救えた!!なのに生き残ったのは何故お前なんだ!!お前が何故生きている!!…お前死ねば良かったんだ!!!』
「ーーっ、もうやめろぉおお!!」
『バギャッ!』
炭治郎が名前に頭突きをすると、名前は後ろへと倒れ込む。炭治郎は息を切らしながら名前を見下ろす。
「そうやって!自分を苦しめ続けるのはやめろ!!」
『……』
「俺を通して自分に怒りをぶつけるな!!」
『ーっ、』
炭治郎は名前が吐いた言葉全て、自分に向けたものじゃない事に気付いていた。
名前は炭治郎を通し、自分に対して怒り、そして憎しみをぶつけていた。
名前は眉を寄せてグッと唇を結び息を飲み込んだ
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