36話 温もりの先の懺悔




『………』



名前は夜中にひとり蝶屋敷を抜け出した。すると名前の鎹鴉がそれを見抜いていたように目の前に降り立った。




『………邪魔するつもり?』




名前の問いかけに答えない鎹鴉は何かを指す様に首を動かすとバサバサと飛び立った。





『………連れて行ってくれるの?』




何も答えない鎹鴉に名前は確信して脇腹を抑えながら後を追う。




『ハァッ、……ハァッ、』




怪我をしている名前を気遣うどころか、何処か急ぐ様に進む鎹鴉に名前は必死に足を動かす。





『…ハッ…、ハァッ…、ここ…?』




どれだけ走ったか分からなくなった頃、とある屋敷の目の前に鎹鴉は止まった。




『……なんで、私が知らないのに、あんたは知ってるわけ?』




フイッと顔を逸らす鎹鴉に名前は苛立ちを隠すこと無く眉を寄せる。辺りは朝日のおかげで明るくなり始めていた。




『…ハァッ…、………ハァッ、』





門のすぐ隣に腰を下ろし座り込んで乱れた呼吸を整える。けれど怪我のせいか上手く呼吸が出来ずにジクリと痛みが走り脇腹を見ると隊服が血で汚れていた。





「……誰か居るのですか?」



門から顔を覗かせた千寿郎が名前の姿を見るや顔を青ざめて、名前に駆け寄る。




「大丈夫ですか!?…!血が!」

『……千寿郎、様?』

「…その隊服は…、」



鬼殺隊だと気付いた千寿郎の着物を握り名前は顔を伏せて唇を噛み締める。




『……あなたの、兄上を守れず…、申し訳ありませんでした…』

「……え?」

『…鬼殺隊 炎柱…、…っ、煉獄っ、杏寿郎様が…、上弦の鬼と対峙し…、……命を、落としました、』

「………え、」





名前のすぐ側で千寿郎が息を飲む音が聞こえた。名前は唇を震わせて奥歯を噛み締める。




『…私は、そばに居ながら…、救う事が出来ませんでした…、本当に…、申し訳ありません…、』

「……兄上が…、」

『グッー、』

「動いてはっ!傷が開いてしまいます!」




名前は千寿郎から離れると、膝を折って地面に手を付いて額を擦り付けた。




『……守りきれず、申し訳ありません、』



ポタリと地面に落ちる音がした。けれど名前は唇を噛み締めるだけで顔をあげることは出来なかった。


ーー千寿郎が涙を泣かした事に気付いたからだ




「……顔を、上げてください、」

『……』

「……お願いします、」




名前がゆっくりと顔を上げると、千寿郎はポロポロと涙を流しながら名前を真っ直ぐに見つめていた。




「……伝えに来て下さり、ありがとうございます。……貴女も怪我をされているのに…」

『……私はー、』



何も出来なかった自分にお礼など言わないでくれ




『……すぐに、鬼殺隊からの報告が入ると思われます』

「……はい」

『………憎んで、ください』

「……鬼を、ですか?」

『私を…、私を憎んでください、』

「…どうしてですか?」



どうして、なんて聞く必要なんて無い




『私が、守れなかったのです…、私に力が無かったせいで、あの人は…、』




グッと手のひらに力を入れると脇腹からまた血が流れるのを感じた。




『……私を、憎んでください…、』




こうして私は、また逃げるんだ





「……憎むことなんて、出来ません」

『……』

「きっと貴女は救おうとしてくれたんですよね?そんな大怪我をしてまで…」





憎んでくれ、頼むから




「…兄を救おうとしてくれて、ありがとうございます」




そんな優しい笑みを浮かべないでくれ


憎まれるより、ずっと辛いんだ

ふざけるなと、なぜ救えなかったと、代わりにお前が死ねばよかったと、そう言ってくれた方が何倍も楽だった


その言葉を背負う覚悟は出来ていた。


ーー否、その覚悟しか、私には出来なかった




……最初から分かっていた。千寿郎様がそんな事を言うはずがないと




だって、あの人の弟なのだから、





『…………』




意識を失う瞬間、名前は千寿郎に煉獄の影を見ていた。










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