33話 最後の話
森の中へと消えていく猗窩座に炭治郎は刀を肩の上に構え、グッと体に力を入れる。
ーー梃子摺った…!早く太陽から距離を…!
「ーっ!」
猗窩座の胸に炭治郎の日輪刀が突き刺さり、猗窩座の足が一瞬止まる。しかし猗窩座は直ぐに体勢を立て直し歩みを早める。
「逃げるな卑怯者!!逃げるなァ!!」
「ーア゛ァ?」
猗窩座は炭治郎の言葉にビキリと青筋を浮かべる。
ーー俺は鬼殺隊から逃げているんじゃない!太陽から逃げているんだ!
猗窩座は一瞬、足を止めたが陽光が差す範囲が広がり続けているのを感じまた足を動かした。
「いつだって鬼殺隊はお前らに有利な夜の闇の中で戦ってるんだ!生身の人間がだ!傷だって簡単には塞がらない!失った手足が戻ることもない!」
「逃げるな馬鹿野郎!馬鹿野郎!卑怯者!」
「お前なんかより、煉獄さんの方がずっと凄いんだ!強いんだ!」
「煉獄さんは負けてない!誰も死なせなかった!戦い抜いた!守り抜いた!!」
「お前の負けだ!煉獄さんの勝ちだ!」
「うあああああああああ!!!」
炭治郎の叫びに猪の被り物の上からでも分かる程震え、煉獄はフッと笑みを浮かべた。
「うっ…、うぅっ…、」
地面に膝を着き、涙を流す炭治郎に優しく真っ直ぐな声が響いた。
「…もうそんなに叫ぶんじゃない。腹の傷が開く。君だって軽傷じゃないんだ。竈門少年が死んでしまったら俺の負けになってしまうぞ」
優しく紡がれる言葉に炭治郎はまたボロボロと涙を流す。
「こっちにおいで。最後に少し話をしよう」
炭治郎・伊之助の心に最後≠ニいう言葉が鋭く突き刺さる。
炭治郎は煉獄の前に座り、手記について語る煉獄を止めようと手を小さく左右に振る。
「れ、煉獄さん、もういいですから…、呼吸で止血してください、傷を塞ぐ方法はないですか?」
「無い。俺はもうすぐ死ぬ。喋れるうちに喋ってしまうから聞いてくれ」
迷いなくハッキリと答える煉獄に炭治郎は苦しそうに顔を歪め息を飲み込む。
「弟の千寿郎には自分の心のまま正しいと思う道を進むよう伝えて欲しい。父には体を大切にして欲しいと、」
煉獄はゆっくりと視線を横転した列車に向けた。その人は酷く優しく緩められていた。
「名前には、これを…、そしてーーー」
その言葉を聞いた瞬間、炭治郎はその言葉、その香りに驚き目を見開いた。
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