32話 誰かが欠けた未来




『ハァ…、ハァ、』

「まだ行けるか」

『はい!』


私が着いていた膝を伸ばして立ち上がると猗窩座が鬱陶しそうに眉を寄せた。



「……何故そんな弱者に構う。足手まといだろう」

『ーっ、』

「そんなことは無い!それに名前は弱くない!」

『すみま、』

「謝るな!!」

『っ、』

「自分を卑下するな!自分の力を認めろ!君は辛い稽古にも耐えてきた!鬼も斬った!言葉は自分を弱くもするが、強くもする!!立て!前を向け!」

『ーはい!!』



ボタボタと血が流れるがそんな事は大した問題じゃない。私は動ける。まだ戦える。



「この素晴らしい剣技も失わていくのだ杏寿郎!悲しくはないのか!!」

「誰もがそうだ!人間なら!!当然のことだ!」




炭治郎が動こうとした瞬間、師範は振り返り炭治郎に指示を出す。



「動くな!傷が開いたら致命傷になるぞ!待機命令!!」

「ーっ、」

「弱者に構うな杏寿郎!全力を出せ!俺に集中しろ!!」

『炎の呼吸 弍の型 昇り炎天』

「邪魔だァ!!」

『ーガァッ、』

「名前!!」




猗窩座の蹴りが横腹に入りヒビの入っていた骨の折れる音が鼓膜を揺らした。



『ーガハッ、』




息が詰まる様な感覚に襲われ気が付いた時には横転した時列車に背中からぶつかっていて、視界が段々と暗くなる。




『まだっ、…ハァ、まだ、っ、わたし、はっ、』



立ち上がろうと体に力を入れても指1本動かない。唇の端から何かが垂れているのが分かる。ポタポタと自分の周りに血が広がる。



『…し、はん、』




ここで動かなければ私が生きている意味は無い。



動け




動け、動け…、動け!!!




『ハァ…、ハァ、れ、んごくさ、』




ここで意識を手放してみろ。私は絶対に私を許さない。



『煉獄さ、』




この人を救うって言っただろう。何をやってる、座り込んで。

早く立て。血が流れようと、血反吐を吐こうと。ここで戦わなければ何の為にここに来た。



『…煉獄さん、………煉獄、さ、』




私は、何の為に鬼滅この世界に



頬を流れた血がポタリと隊服を濡らした。



「ハァ…ハァ…ハァ」

「杏寿郎、死ぬな」




左目は潰れ、肋骨は砕け、内蔵を傷めた煉獄は息を乱しながら猗窩座を見つめ続ける。そんな姿を見て猗窩座は静かに言葉を紡ぐ




「生身を削る思いで戦ったとしても全て無駄なんだよ杏寿郎。お前が俺に喰らわせた素晴らしい斬撃も既に完治してしまった。」

「だがお前はどうだ。潰れた左目、砕けた肋骨、傷ついた内蔵…。もう取り返しがつかない」

「鬼であれば瞬きする間に治る。そんなもの鬼ならばかすり傷だ。」




「どう足掻いても人間では鬼に勝てない」




猗窩座の言葉に空気が凍り、炭治郎は必死に立ち上がる為に地面に手を着く。




「……俺は俺の責務を全うする!!ここにいる者は誰も死なせない!!」




煉獄は刀を構え、猗窩座を見据える。




「炎の呼吸 奥義」

「素晴らしい闘気だ…!それ程の傷を負いながらその気迫!その精神力!一部の隙もない構え!ーーやはりお前は鬼になれ杏寿郎!!!俺と永遠に戦い続けよう!!」



猗窩座は心の底から嬉しそうに笑い、体を沈めた。




「術式展開」


ーー「玖ノ型・煉獄」

ーー「破壊殺・滅式」




2人の技がぶつかり合い土埃が舞って、炭治郎達の視界を奪う。



「煉獄さん!!!」


炭治郎の視線の先には猗窩座の腕が貫かれている煉獄の姿だった。



「死ぬ…!死んでしまうぞ杏寿郎!鬼になれ!鬼になると言え!!ーーお前は選ばれし強き者なのだ!!」




その瞬間、チリンと風鈴の音色が聞こえた



ーー杏寿郎



煉獄の頭の中に芯のある懐かしい声が響いた。



「よく考えるのです。母が今から聞くことを。ーーなぜ自分が人よりも強く生まれたのかわかりますか」

「………うっ、……わかりません!」

「弱き人を助けるためです。生まれついて人より多くの才に恵まれた者はその力を世のため、人のために使わねばなりません。天から賜りし力で人を傷つけること、私腹を肥やすことは許されません。」

「弱き人を助けることは強く生まれた者の責務です。責任を持って果たさなければならない使命なのです。決して忘れることなきように」

「はい!!」


煉獄の母である煉獄瑠火は煉獄が言葉に大きく返事をするのを確認すると、腕を広げ煉獄を抱きしめる。


「母はもう長く生きられません。強く優しい子の母になれて幸せでした。あとは頼みます」



瑠火の言葉に煉獄は涙を浮かべ、小さな腕で抱き返すとボロボロと涙を流した。





「ーっ、」



煉獄はグッと刀を握り直し猗窩座の頸に刃を突き立てる。



ーー母上、俺の方こそ貴女のような人に生んでもらえて光栄だった




「オォォオオオォォォオオ!!」




煉獄は頸を落とす為に更に刀に力を込める。猗窩座は左腕を振りかぶり煉獄に拳を落とす。




「っ、」


煉獄は猗窩座の腕を左手で掴み、その事に猗窩座は驚きから目を見開く。



「ーっ、」



連なる山の隙間から陽光が差し始め、猗窩座が慌てた様に煉獄に掴まれている腕を引く。



ーー腕が抜けん!!

ーー逃がさない



猗窩座は陽光を気にする様に山の方へと顔を向ける。



ーーここには陽光が差す!逃げなければ…、逃げなければ!!




「オォォオオオォォォオオ!!」

「ーっ、」



猗窩座の地を揺らす程の咆哮に炭治郎は走り出していた歩みを一瞬止め、耳を塞ぐ。


ーー絶対に離さん


ーーお前の頸を斬り落とすまでは!!!




「オォォォオオオォォォォオオオオ!!!」

「あああぁぁぁあああぁぁああぁぁ!!!」

「退けえぇぇええええ!」

「あぁぁぁぁぁあああ!」



2人の姿に炭治郎は痛みを堪えながら走り出す。



「伊之助動けぇええ!!煉獄さんのために動けえぇぇ!!」

「ーっ、」


伊之助は炭治郎の言葉にハッと我に戻り猗窩座目掛けて刃を落とす。



「ーっ、」




猗窩座は自らの腕を千切ると高く飛び上がり、地面に足が着くのと同時に森へと飛び込む。












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