27話 ここでは無い何処かの世界
「前方から鬼の匂いがする!」
『……』
「……名前?」
汽車の外に繋がる扉を開けて上半身を外に出しながら言った炭治郎の言葉に私は黙る事しかできなかった。
下弦の壱である魘夢は炭治郎が倒さなければならない。そこに私が手を貸してはいけない。
『……私はもう少しみんなを起こしてみる』
「分かった!禰豆子を頼む!」
『……うん、』
私の言葉に不信感など持たない炭治郎に胸が痛んだ。
ーーでもそれは今する事じゃない。ちゃんと全てが終わったら謝るから。全てを話して、謝るから。
ーーだから今はあの人を救う事だけを考えろ。それだけが私の存在理由だ。
『………師範、』
未だに眠り続ける師範の頬を撫でると、彼の表情は少しだけ和らいだ気がした。
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「…………ここは?」
煉獄は先程まで弟である千寿郎と剣術の稽古をして、休憩で談笑をしている所だった筈だ。けれど彼が瞳を開くとそこはいつも屋敷だった。
「……そうだ。俺は帰ってきたんだ」
父に柱になった事を報告し、生家から戻っきた所だったと思い出し煉獄は1歩踏み出した。
『……杏寿郎さん!』
「……名前?」
『おかえりなさい!お早いお帰りでしたね!』
「………」
そう嬉しそうに言った名前は煉獄に駆け寄り、腕の中に飛び込んだ。それを驚きながらも受け止めると名前は嬉しそうに顔を上げて笑っていた。その体は少し成長していて、以前よりも顔の距離が近かった。
「……君は確か、十五では無かったか?」
『……え?もう!女性に年齢を聞くとは何事ですか!?』
「す、すまない…」
『それに私は十八です!杏寿郎さんと二つ程しか離れていません!立派な大人なんです!』
「……」
煉獄は混乱しながらも名前に手を引かれて屋敷の中に入り、居間に腰を下ろす。
『今日はさつまいものお味噌汁にしました!』
「…あぁ」
『いつも任務お疲れ様です、杏寿郎さん』
煉獄は名前を呼ばれる度にむず痒さに襲われていた。距離を感じさせない呼び方に自分でも気付かない心の奥底で歓喜を感じていた。
「…名前」
『はい?』
「最近の任務の方はどうだ?」
『……へ?』
煉獄の問に名前はキョトンとした顔で首を傾げると、煉獄もつられるように首を少しだけ傾げた。
『………っ、あはは!』
「………名前?」
『いつの間にそんな冗談を覚えたのですか?』
「…冗談?」
『私は鬼殺の隊士では無いじゃないですか〜。私はここで杏寿郎さんの帰りを待つのが仕事です』
「……」
『私が鬼殺隊に入隊したいと話した時に、杏寿郎さんがこの屋敷で待っていて欲しいと言ったじゃないですか』
「……そうだったか?」
『え!?忘れちゃったんですか!?』
名前は頬を膨らませて煉獄に詰め寄ると、その気迫に煉獄は上体を後ろに逸らした。
『……じゃああの事も忘れてしまったんですか?』
「…あの事?」
名前は恥ずかしそうに頬を染めて視線を逸らし、拗ねたように唇を尖らせていた。その姿が煉獄には愛らしく映り、無意識に名前の頬に手を滑らせる。
『…私と一緒に居たいと、言ってくれたじゃないですか…』
「………」
『…………覚えてないんですね!?酷い!!』
そう言って名前は煉獄から離れると背中を向けてしまった。
「…名前、」
『杏寿郎さんの事なんてもう知りません!』
名前は本気で機嫌を損ねてしまったのか、煉獄が何度呼んでも振り返る事は無かった。煉獄は必死に思考を巡らせるが言った覚えが無く、誤魔化す様に口を大きく広げ笑った。
『……以前、私が一緒に居たいと言った時に、私の幸せを願って下さったじゃないですか』
「……あぁ!」
けれどそれは名前が眠ている時に言った言葉だった。煉獄は名前は起きていたのだと結論付け、話を続ける。
『……私の幸せは、杏寿郎さんの傍に居ることです』
「……」
『……ずっと私の傍に居てくださいますか?』
煉獄は振り向いて不安そうに尋ねる名前を抱き寄せ、腕の中に閉じ込めると髪を撫でながら優しく笑みを浮かべた。
「……あぁ、傍に居てくれ」
すると腕の中に名前が幸せそうに微笑んだ
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