25話 夢のよう
『はーっ、はっぁっ、』
「ふざけるな!俺がっ、こんな餓鬼共にっ!」
猗窩座は首だけになった姿で私達を睨み上げていた。私は乱れた呼吸を整える事も忘れて猗窩座を眺める。
『……あなたは、本当に死ぬの?』
「俺は死なないっ!こんな場所で死ぬわけが無い!ふざけるな!ふざけるな!!」
そう言う猗窩座の体と首はパラパラと灰になっていった。
「まだだ!俺はまだ!!俺はァアアァア!!」
猗窩座は唸る様な声を上げながら灰になると風に乗って消えてしまった。
『…………』
私はただ呆然と猗窩座が消えた場所を眺めた。
「……名前、」
『…………煉獄さ、』
振り返ると左目が潰れ、額から血を流している煉獄さんが立っていた。
『…れ、れんごく、さ』
唇が勝手に震えて、声を出しているはずなのに言葉にはならないし震えていて自分でも良く分からなかった。
『れっ、れん、ごくさ、』
ボロボロと涙が溢れて視界が歪んだ。けれど拭う事も忘れて、1歩ずつ彼に近づく。
『っ、煉獄さっ、れんごく、さっ、』
膝の力が抜けて片膝を着くと、彼は少し笑って両腕を開いた。
『れんごくさっ、』
「…あぁ、俺はここに居る」
『〜っ!』
刀がガチャンと音を立てて地面に落ちた。きっとこんなぞんざいに扱ったことがバレたら鍛冶屋さんに怒られてしまう。でも今はそんな事気にしている余裕はなかった。
ーー生きている
煉獄さんの元へ走り腕の中に飛び込むと暖かく、心臓が音を奏でていた。
ーー心臓が動いている
その事実に溢れていた涙が更に流れた。
『うあぁあぁぁぁあああぁぁぁ!!』
「そんなに子供の様に泣くんじゃない。俺は死なないと言っただろう」
『煉獄さっ、っ、煉獄さん!!』
「叫ばなくても聞こえている」
私は目の前の温もりにただただ縋って涙を流す事しか出来なかった。
*******
「大丈夫ですか!?」
『私は大丈夫なので、師範を…』
「俺も問題は無い!竈門少年を診てやってくれ!」
『ダメです!!師範が先です!!炭治郎なら大丈夫です!!』
猗窩座を倒した後、直ぐに隠の方達が来てくれて治療をしてくれた。残念ながら師範の潰れてしまった左目は失明してしまって見える事は無いらしい。
『………本当に生きていてくれて、良かった』
「俺は死なない!」
『…はい!』
「………名前」
『はい!』
「……いい加減に少し離れないか?」
私はずっと師範に抱きついたまま隠の人達と話していた為、師範は珍しく気まずそうにしていた。
『嫌です!きちんと治療を受けると言ってくれるまではこのままです!!』
「……それは、余計に言わなくなるんだが…」
この後、師範は無事に治療を受け、蝶屋敷に運ばれて行った。かくいう私も安心したからなのかそのまま気を失い、気がついた時には蝶屋敷の病床の上だった。
********
『師範は柱をお続けになるのですね』
「む?それは早く柱を降りろ、という事か!」
『ちっ、違います!』
師範の左目には眼帯が施され、特徴的な瞳が右目だけとなっていた。
『……こうして師範と屋敷の縁側でお茶を飲んでいるなんて信じられません』
「前もした事があっただろう!」
『…はい。そんな当たり前が嬉しいんです』
こうして、彼が生きていてくれる事が。私の隣で笑ってくれる事が幸せで堪らない。
『そういえば炭治郎達も階級が上がったそうです!』
「それはめでたいな!」
『私も早く師範のように強い剣士になりたいです!』
「君なら大丈夫だ!」
『怪我が治り次第、任務に向かいますが…、怪我する事は喜ばしい事では無いですが、こうして師範とゆっくりと話が出来るのは…、少し嬉しいです』
「前も話が出来ていただろう」
『………もう、出来ないと思っていたから、』
勿論、彼を救う事は考えていた。ただ、ここに私が居ない可能性があったからだ。
『………煉獄さん、』
「なんだ?」
『…私の、話を聞いていただけますか?』
「……それは、君が隠していたことか?」
『………はい、』
私がそう言うと、彼は庭を眺めていた瞳を私に向けた。けれど私はその瞳を見ることが出来なかった。
『……私、……本当は、』
「……」
『……わ、たし、』
「……名前」
この場に似つかわしく無い程の優しい声で名前を呼ばれて自然と視線が交わる。ふわりと目元を緩めていた。その赤と山吹色の瞳にはどろりと甘さが滲んでいた。
「無理に話す必要は無い」
『……でも、』
そう言って視線を下げると、頬を包まれて視線を上げられる。
「ゆっくりでいい。時間なら余るほどあるんだからな」
ーーそうだ。この人は生きている。この人の隣で生きていけるのだから
また流れそうになった涙を隠す為に彼の肩に寄りかかり頭を預けるとクスリと彼が分かったのが分かった。
『………今度、一緒に羽織を選んでください』
「あぁ」
『それから料理も一緒に作りたいです』
「さつまいもの味噌汁か!」
『たまには違うのも作りましょうよ…』
少し呆れた様に笑うと膝の上に置いていた手が大きな手に覆われて指を絡め取られる。
『……こうして煉獄さんの隣に居られる事がまるで、』
「……名前?」
『…………………まるで、』
ーーーーーまるで、夢のようだ
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