22話 そばに居られるのなら
「……名前ちゃんってさ、兄妹いるの?」
『…え?』
炭治郎が怪我と泣き疲れたせいで眠っているのを確認して、泣いたせいで腫れた目元を指で優しく撫でると口を閉ざしてた善逸が私に問いかけた。
「…時々出る名前ちゃんの包容力はどっから来るの?」
『ど、どっから…?』
「確かに炭治郎も長男だしさ、しっかりしてるけど…、名前ちゃんは…こう、年上な感じがするって言うか…、いつも優しい音はするんだけど、たまに凄く優しい音がするんだよねぇ…」
『……』
「…俺が年上って単語出したら焦りの音がした」
『……女の子に年齢の話はダメなんじゃない?』
「そうなんだけどさぁ〜…、ん〜!難しいなぁ!!」
『善逸だって軽傷じゃないんだからしっかり休養を取りなよ』
「は〜い。……………あ、あれだ」
『…まだなにか?』
私がジト目で善逸を睨むと、善逸は余った袖を口元に当てて「ニシシ」と笑った。
「…姉ちゃんみたいだ」
『………はいはい、お姉ちゃんはこれから屋敷に戻るからしっかり休んでね』
「意外とノってくるのね」
私は移動して善逸の頭を撫でると、彼は嬉しそうに笑って布団に潜った。
『……早く良くなってね』
そう小さく零して蝶屋敷を後にした。
*******
炭治郎が那多蜘蛛山から戻って来たという事は、回復訓練を受けた後ーー無限列車に向かうという事だ。
『……師範』
「名前か!」
私は屋敷に戻るなり、広間で剣の手入れをしている師範の向かいに正座で腰を下ろす。
『……師範にお願いがあるのですが』
「なんだ!言ってみろ!」
『………これから行かれる任務全てに付いて行っても宜しいでしょうか』
「………理由を聞こう」
『……』
「…強い鬼を斬りたいからか」
『……』
「…俺の近くで鬼を斬りたいからか」
考えろ。頭を巡らせろ。理由を、何か理由を話せ。
「………理由が無いのなら、連れては行けない」
『………お願いします』
私は手のひらを床に付けて額も床に付けて懇願する。
『………理由は、……話せません、でも、お願いします…、私を任務に同伴させてください…』
「………君は嘘も隠し事も下手だな」
『………』
私が少しだけ顔を上げると師範は刀を置いて呆れた様だけれど、優しく微笑んでいた。
「……出会った時から、今日に至るまで君が俺に隠し事をしている事は分かっている。それが話せない事も」
『……』
「……その隠し事は、君の居た場所に関係しているのか?」
『……はい、』
「………そうか」
師範はフーっと息を吐いて真っ直ぐに私を見つめた。
「……話せない事は分かった」
『……』
「けれど、君を任務に連れて行くことは出来ない」
『ーっ、どうして!』
「いずれ君は柱になる存在だ。それが継子の責務だ。ならば早くひとりで出来るだけ多くの鬼を斬るべきだ」
『………分かっています』
私は唇を噛み締めて地面を睨む。
『………数ヶ月…、数日の間だけでも、連れて行って頂けませんか、』
「………」
『………許して頂けるなら、私は二度とこのような我儘は言わないとお約束します。屋敷から出て行けと言われても従います。だから、どうか…、』
「…………そんな事を言わせるつもりは無かったんだがな」
都合が良いだけかもしれないけれど、師範の声には少し淋しさが滲んでいるような気がした。
「……これは自惚れでも何でもなく、君がその様な我儘と思っていることを言う時は大抵俺の事だろう」
『………』
「君は俺の事となると無茶をするからな」
『………そ、んな事は、』
「あるだろう」
『……』
手のひらを握ると畳に短い爪が引っかかりガリガリと嫌な音が鳴った。傷だらけの自分の手をジッと眺めると不意に私の手のひらに一回り大きな手が重ねられる。
「…君は俺に死んで欲しくないと言ったな」
『……はい』
「それは俺も同じだ。君に死んで欲しくなんて無い」
『……』
「………君はしっかりしている割に、涙脆い所があるからな」
『……す、みません』
死んで欲しくない。こんな所で。この人はもっともっと強くなって、もっと多くの人を救うんだ。……そして、笑顔で生きていくんだ。
『…っ、す、みませんっ、』
「俺は君を泣かせてばかりだな…」
『ちがっ、私がっ、』
「……俺は君の涙に弱いんだ」
そう言って師範は私の頬に手を移動させて優しく拭ってくれた。その手があまりにも優しくて喉の奥がヒリヒリと痛んだ。
『ごめんっ、なさいっ、』
「どうして謝る」
『分からなっ、分からないっ、けどっ、』
子供が癇癪を起こした様にボロボロと涙を流し、自分でも理由が分からないのに涙が止まらない。
煉獄さんと出会ってから彼が亡くなる瞬間の映像が離れない。キャラクターとしての死を見ただけでショックが大きかったのに、数年一緒に居て私の目の前で生きている。情なんてとっくに湧いている。
『ずっとっ、ずっと一緒にっ、居たいっ、』
「……名前、」
『死なないでっ、おねがいっ、居なくっ、ならないでっ、………ぁ、』
腕を強い力で引かれて温もりに包まれる。以前にも感じた温もりに抱きしめられたのだと直ぐに気付いた。
『れ、煉獄さん、』
「…名前は驚いたりすると呼び方が戻るんだな」
『もっ、申し訳っ、ありませ、』
「謝る必要は無い。……俺は死なない、以前にそう言ったな」
『………はい、』
「……けれど、俺も人間だ。鬼の様に直ぐに怪我が治ることも無ければ、切れた手足が戻る事も無い」
『……』
「勿論、命を落とすつもりも無い。しかし、そんなのは口約束に過ぎない。本当の意味で君を安心させる事など出来ないのだろう」
『……煉獄さん』
「……それでも俺は君に…、名前に笑顔でいて欲しい」
『…私、だって、』
「そう願ってくれるだけで俺は嬉しい」
『………私は、煉獄さんの傍に居たいです』
「あぁ」
『苦しい時も、悲しい時も、楽しい時も、……命を落としてしまう時でも』
「…あぁ」
『……私を、傍に居させてください、』
「………その言い方は、卑怯だな」
『卑怯でも、何でも構いません、煉獄さんの傍に居られるのなら』
私が言うと腕の力が強まり、瞳を閉じて彼の胸元に耳を寄せる。心臓の音が聞こえて酷く安心する。
「……君の言葉にそういう意味が無いのは分かっているが…、………嬉しいものだな」
煉獄さんの優しい声と鼓動の音に段々と思考が止まって体から力が抜け、体重をかけてしまっている筈なのにピクリとも動かない力強さに安心して意識が遠くなるのが分かる。
『……煉獄さん、』
「なんだ?」
『…いつか、話したい事が、あるんです、』
「…あぁ、なんでも聞こう」
『……隠してる事も、いつか、勇気が出たら、必ず、』
「…待っている」
『……傍に、居させて、ください、』
意識を手放す瞬間、額に温もりを感じたけれど泣き疲れたせいか瞳を持ち上げることが出来なかった。
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