19話 善人じゃない
「……名前!」
『ーっ、はい!』
師範に強く名前を呼ばれ、慌てて返事をすると師範は箸を止めた。
「任務から帰ってきてから上の空だ!」
『すっ、すみません』
「今日の任務はそれ程難しくないと聞いていたが…」
『はい!問題はありません!』
私が今こうして師範と夕食を取っている間にも、炭治郎達は那田蜘蛛山で鬼達と戦っている。
ーーそして、何人もの剣士が死んでいる
私は助けに行く程の善人でも無ければ、だからといって何も考えずに居られる程、割り切れる人間でもない。凄く中途半端な人間だ。
『………隊服を、変えようか迷ってまして』
そしてまた、私は嘘を吐く。私がこの物語の全てを知っている事を知られてはいけない。知られて、物語が変わってしまったら私にはこの後の話が全く予想が出来なくなってしまう。
『やはりカナヲの様な隊服の方が愛らしいのでは無いかと…、勿論、戦いに愛らしさを求めるな…、という話なのですが』
私はそう言いながら自分の隊服のズボンを掴む。私はカナヲ達とは違い、蟲柱様と同じくズボンタイプの隊服を着用していた。
「……甘露寺の様な隊服は少し強度に不安がある!」
『……確かに、そうですね』
隊服が支給されると師範に話すと、師範は直ぐに屋敷を出て行ってしまい、数時間後に戻ってくると何故か清々しい表情をしていた事を覚えている。
『この間、私も羽織が欲しいと思い街で探したのですが…』
「そうか!」
『…でも綺麗な羽織を見ても師範の羽織と比べてしまって購入出来ませんでした』
「む?俺の羽織か?」
『無意識に師範と似た羽織を探してしまって綺麗な羽織がどれもしっくり来ませんでした』
「…………そうか!」
炎の様な羽織を無意識に探してしまって、綺麗な羽織を見せてもらっても心で、違うと思ってしまい何も買えなかった。
『これではいつまでも師範離れが出来なくて困ってしまいますね』
「……俺が羽織を頼んでいる店で頼んでやろう!」
『…え、…いやいや!師範が通っている反物店は少し私には値が張ると言いますか…、』
「弟子の羽織だ!俺が出そう!」
『ダメですよ!何言ってるんですか!私はもう鬼殺隊として自分で稼いでいるんです!払って頂く訳にはいきません!』
私が慌ててそう答えると師範は「ならば!」と声を上げた。
「ならば!鬼殺隊入隊祝いだ!」
『そっ、それはもうお味噌汁を一緒に作って頂けただけで十分ですから…!』
私がそう言うと師範は私の頭に手を置いた。私は驚きから小さく声を上げた。
『……え、』
「…俺が名前に贈りたいんだ。貰ってはくれないか?」
『………その言い方は、卑怯です…、』
私は嬉しさがバレない様に、それを隠す様に唇を尖らせながら視線を逸らしながら答えると師範は優しく口元を緩めていた。
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