15話 君が主人公




『……朝だ』




陽光が射し、何度目かの朝が来た事に気付く。私は刀を仕舞って風のせいで付いた砂を払い、川を目指す。



『……あ、』

「……君は?」

『…私は、苗字 名前』

「名前か!俺は竈門炭治郎だ」

『………宜しく、竈門くん』

「炭治郎で良い。むしろ炭治郎と呼ばれる方が慣れてる」

『…分かった。炭治郎』





川で手拭いを洗っている炭治郎を見つけ、言葉を交わす。



『……狐の面はどうしたの?』

「…あぁ、鬼との戦いで壊れてしまったんだ」

『…そうなんだ』

「よく俺が面を付けている事を覚えていたな」

『………他に、付けてる人居なかったから』

「なるほど!名前は周りをよく見ているんだな!」



私は余計な事を言ったなと気付き、誤魔化す様に炭治郎が手拭いを洗い終わったのを確認して手を洗う。




「名前は強いんだな」

『え?』

「服が全く汚れていない」

『…あぁ、これは、』



私は自分の着物を確認すると、確かに汚れは付いていなかった。




『…たまたま力の弱い鬼だっただけだよ』

「……名前は自分に自信が無いんだな」

『…え?』

「匂いからも自信が無い事が分かる。それに薄らとだけど、不安の匂いもする」

『………』



自信なんて、持てるはずが無い。いつだって不安だ。本当に私はあの人の力になれるのか。私なんかがあの人の未来を守れるのか。



『………守りたい、人が居るの』

「…守りたい人?」

『でもその人は私なんかよりずっと強くて、…本当は、私なんて要らないのも分かってる。……でも、それでも私はその人の事を守りたい』




炭治郎はカランと花札の様な耳飾りを鳴らしながら私を見た。




「……守りたい人がいるなら、万が一にもその人に要らないと言われても、俺なら守るよ」

『……』

「…………守れないのはもう嫌だから」

『……炭治郎』




亡くなった家族を思い浮かべているのか、炭治郎は悲しそうに顔を歪めた。



『……炭治郎は自分より強い人を守りたいって思った事ある?』

「そうだな…、」




炭治郎は考える様に腕を組んで片手を顎の下に当てた。



「……俺は、みんな守りたいよ」

『……え、』

「誰も死なせなくない。勿論、禰豆子も守りたいし鱗滝さんも守りたい。でも鱗滝さんは俺より強くて…、助けなんて要らないと言われても俺は、………守りたいよ」

『……迷惑でも?』

「人助けも、お人好しも元を辿ればお節介…、きっと、迷惑だ。それでも俺はその人達の傍に居たい。……失って後悔するのは嫌なんだ」

『………本当に、とんでもねぇ炭治郎だね』

「……え?」




炭治郎は話す間、ずっと真っ直ぐに私の瞳を見てくれていた。人として当たり前の事だけど、出来る人はきっと少ないと思う。



『…私、大切な人に隠し事してるの。その人は私の事を信じてくれるけれど、私は嘘を吐いてる。………凄く、胸が苦しい、』

「……」

『………いつか、本当の事、言えるかな、』




独り言の様に呟くと、炭治郎はまたカランと耳飾りを鳴らしながら立ち上がった。




「……大丈夫だ。名前なら」





他の人に言われたらきっと、出会って間もないのに何言ってるんだ、と思ってしまうだろう言葉も、炭治郎は心の底から思ってくれていることが分かる。だからなのかストンと心の中に言葉が落ちていった。




『…もうすぐ夕暮れだね』

「……そうだな」

『……ありがとう、炭治郎』

「ん?」

『…私なんかの話、長々と聞いてくれて。初対面なのに』




私が立ち上がり、お尻を叩きながら言うと炭治郎はキョトンと首を傾げた。



「…だって俺達は友達だろう?」

『………へ?』




私が素っ頓狂な声を出すと炭治郎は焦った様に手をバタバタと動かした。



「すっ、すまない!俺はてっきり、もう友達なのかと…!」

『………そっか、…そうだよね』




私はこの世界で2年近く、過ごして来た。けれど、まだ私はこの世界の人達をキャラクターとしてしか見れていなかったらしい。私なんかが主要人物と関わるなんて、と思って来たのに、炭治郎はただ真っ直ぐと当たり前の事のように言ってのけてしまう。




『……本当に馬鹿みたい』

「………えぇ!?」

『いやっ、違うっ!炭治郎じゃなくて!』




更に慌てた炭治郎に私も慌てて訂正する為に必死に手のひらを左右に振る。




『………炭治郎、』

「なんだ?」

『…私と、友達になってくれる?』

「…………あぁ!それに俺はもう友達だと思っていた!」

『…………ありがとう、』





私が手を差し出すと、炭治郎は直ぐにその手を取って優しく包んでくれる。硬く、皮が向けた手のひらに彼の努力が見られて喉元がグッと熱くなった。



『それじゃあ私は行くね』

「あぁ」




今度こそ行く為に気合を入れる。本当は炭治郎と一緒に居たいけど、2人で固まっていたら鬼に見つかる可能性が上がる。



「……名前」

『ん?なに?』




名前を呼ばれて振り返ると炭治郎は真剣な表情を浮かべていた。




「……俺が力になれる事ならなんでも言ってくれ。……いや、力になれそうな事でも言ってくれ。助けに行く!」

『………うん、ありがとう』

「あぁ!」




私は涙が出そうになるのを必死に堪えて、その場を離れる。




『……ごめんね、炭治郎、』




私は、炭治郎の様に優しい人間じゃないから。



今こうしてる間にも、最終選抜で命を落としている者がいる。それが分かっているのに私は、助けに行かない。


私の介入で原作が変わってしまう事を恐れて、私は救える命を見殺しにしている。


カナヲに頼み込んで一緒に鬼を狩って欲しいと言えばきっと彼女は優しいから承諾してくれる。そうすれば少なくとも5人の命は救える。



ーーーでも、私はそれをしない。




煉獄さんを救いたいと言いながら私は、人を見捨てる最低な人間だから。



『……ごめん、なさい、』




その言葉は、炭治郎に向けてなのか、

見殺しにする子達に向けての言葉なのか、

自分ですら、分からなかった









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